ビジネスモデルの2要素-ビジネスストーリーと利益モデル
ビジネスモデルを実際につくる場合、2つの要素について考える必要があります。
一つは、「どの顧客に、どんな価値を提供するか」というビジネスの仕組みについてで、ビジネスストーリーと言うことができます。
もう一つは、そのビジネスストーリーを駆使して、実際に事業として利益をあげるための仕組みについてで、利益モデルと言うことができます。
すべてのビジネスは何かを交換するという行為ですが、具体的に何が動いているか見ると、モノ・情報・カネの3つ関わっていることが分かります。
このうちモノと情報の流れについて考えるのが、ビジネスストーリーであり、カネについて考えるのが利益モデルと言い替えることもできます。
実際にビジネスモデルを考えるとなると、「ターゲット顧客は誰か」とか「顧客への提供価値は何か」ということからスタートすることが多いはずです。
しかし、その前にもっと重要なことを考える必要があります。
ビジネスモデルにおいて最重要の基本ポリシー
それは、ビジネスモデルの基本ポリシーです。
基本ポリシーとは、ビジネスモデルの基礎となる考え方や方向性のことを指します。
それは、戦略を決定しビジネスモデルをつくり出そうとする経営トップの個人的な思いに根ざすものかもしれないし、社会で起きている問題に注目して、それを解決したいという信念から来る場合もあります。
優れたビジネスモデルかどうかは、最初の出来上がり具合が素晴らしい、というだけで評価することは出来ません。
長い期間に渡って顧客を魅了し、利益を生み出し続けるビジネスモデルは、環境の変化に応じて自律的に適宜アレンジが加えられていくものです。
そのためには、環境変化に伴って「変えるべきもの」と「変えてはならないもの」を基本ポリシーの中でしっかりと定義して、それを自社の中で共有している必要があるのです。
残念ながら、ビジネスモデルづくりを指南する話のほとんどは、顧客への提供価値とターゲット顧客からスタートし、この基本ポリシーに目を向けることなく省略しています。
しかし現実問題として、最初につくったビジネスモデルのままで、長期間に渡って成果をあげ続けることはありません。
世の中の変化のスピードがあがったことにともなって、ビジネスモデルの旬な時期はどんどん短くなっています。
では既存のビジネスモデルが壁にぶつかったとき、どうするでしょうか?
スクラップ&ビルドの手法で、一度ご破算にして、一から新たなビジネスモデルをつくり直せばよいと簡単に考えるかもしれません。
しかし、ピースミール的手法によって既存のビジネスモデルをアップデートしていく手法を採用する方が、より現実的なはずです。
でも、設計当初において、ビジネスモデルの基本ポリシーをしっかりと定義して「変えるべきもの」と「変えてはならないもの」の線引きが行われていなければ、すぐに次のビジネスモデルへ興味が移ることになります。
また、既存のビジネスモデルを手直しをするにしても、基本ポリシーによる枠組みがないと、「マーケットが・・・」「顧客ニーズが・・・」という語り口で無節操な切り貼りをすることで、一貫性のないビジネスの展開をする結果になります。
いずれの場合でも、ビジネスモデルの基本ポリシーの不在という事実が、ビジネス自体の寿命を縮める原因になっています。
このように、ビジネスモデルの基本ポリシーは、ビジネスモデル構築の出発点であるのと同時に、ビジネスモデルの稼働と自律的変容におけるリファレンスポイント(参照点)にもなるのです。
したがって、基本ポリシーを明確にすることは、ビジネスモデル構築の方向性も、その後の変化の方向性も明確にするという意味で極めて重要です。
ビジネスモデルの基本ポリシーの実例 ー 宅急便
ビジネスモデルの基本ポリシーとは何かをより具体的に知るために、ヤマト運輸の宅急便を見てみます。
ヤマト運輸のコーポレートサイトに「宅急便40年のあゆみ」というページがあります。
そこに、社長の小倉昌男氏が1975年に社内に発表した『宅急便開発要綱』について書いてあります。
参考リンク▼
ヤマト運輸株式会社「宅急便40年のあゆみ」
[1]需要者の立場になってものを考える
[2]永続的・発展的システムとして捉える
[3]他より優れ、かつ均一的なサービスを保つ
[4]不特定多数の荷主または貨物を対象とする
[5]徹底した合理化を図る
この5か条は、宅急便というビジネスモデルの基本ポリシーに相当すると考えられます。
1976年に提供開始された宅急便は、その後いくつものアレンジが加えられています。
1982年 | ウォークスルー車の導入 |
1984年 | ゴルフ宅急便の開始 |
1988年 | クール宅急便の開始 |
1992年 | タイムサービスの開始 |
1997年 | クロネコメール便開始 |
2000年 | 代金決済仲介サービスの開始 |
2003年 | エリアセンター制の導入 |
2007年 | 電子マネー決済対応の開始 |
2015年 | 宅急便コンパクト・ネコポスの開始 |
ヤマト運輸株式会社「沿革」より抜粋 |
宅急便のビジネスストーリーの変遷を見ると、場当たり的にサービスを細分化したり新機能を導入しているのではなく、基本ポリシーとして定めた『宅急便開発要綱』に従っていることが分かります。
このように、基本ポリシーを明確にし正常進化させていったビジネスモデルは、その寿命を延ばすだけに留まらず、顧客提供価値の向上を果たすことで、より強い生命力を手に入れることができます。
宅急便というビジネスモデルの優れたところは、一番初めのアイデアの素晴らしさ以上に、明確に定義された基本ポリシーをガイドラインとして自律的に進化する自走力を内在しているところにあるのです。
ビジネスモデルの基本ポリシーづくりで最も大切な一貫性
ビジネスモデルの基本ポリシーの概要は分かったとして、優れた基本ポリシーを立てるための条件はあるのでしょうか。
基本的に、あるビジネスモデルが成功するかどうかは、市場に答を求めるしかありません。
では、成功したビジネスモデルが持つ基本ポリシーが優れているかというと、それは保証の限りではありません。
基本ポリシーの内容自体は、オリジナリティを重んじる以上、各社各様なはずです。
ですから、成功した特定のビジネスモデルの基本ポリシーを分析しても、学ぶところはそれほどありません。
重要なのは、「一貫性」を確保することです。
一貫性とは、ビジネスモデルづくりをする前の事業戦略策定の段階から、自社の「極み」と「未来シナリオ」を明確に組み入れることによって実現します。
そして、事業戦略の中で、ビジネスモデルの基本ポリシーを明らかにしておく必要もあります。
これまでは、戦略を実行していくための手段として戦術をとらえる傾向が強く、ビジネスモデルも戦術の中で語られることが多かったと言えます。
だから、戦略さえ正しければ、どのような戦術を用いても構わないという発想が強く、無意識に戦術を戦略と比べて二次的なものと見ていたのです。
しかし、これからの時代の経営者は、戦術が持つ新たな意味を理解しなければなりません。
戦術は戦略を実行していくための単なる手段ではなく、戦略を進化させていくための優れた方法になっていくのです。
なぜなら、ますます複雑な現象が表出する現代の市場においては、単なる調査や分析によって市場についての生きた情報を手に入れることはできないからです。
さらに、ますます急激に変化していく現代の市場においては、過去の成功事例の分析や既存の戦略理論の研究によっては、自らの戦略の妥当性を検証することができないことも理由に加えられます。
つまり、戦略と戦術の垂直統合を図ることが必要で、自ずとそこに一貫性が求められることになります。