もう一つの重要な意思決定
意思決定について語るとき、「どのように」とか「なに」をということに焦点が絞られることが多いのですが、もう一つ重要な意思決定の分野があります。
それは、「意思決定をしないという意思決定」です。
経営者であれば、常に具体的な「なに」かを決めなければならないと考えている方もおおいでしょう。
しかし、意思決定を意識的にしないことは必ずしも不合理ではありません。
無理に意思決定をする必要がないことは、状況に応じて発生することだからです。
たとえば、2017年に消費税が8%から10%引き上げられたときに、原材料仕入がある製造業や商品仕入がある販売業の経営者は、増税前に原材料や商品を余分に買い入れておくべきかどうか判断を迫られました。
どうせ必要になるものなので、増税の前に買っておくということ自体は合理的です。
だだし、消費税率の差額は2%に過ぎないので、増税後に駆け込み需要の反動から2%以上価格が下落するようなことがあると、わざわざ時期を早めて高い買い物をしたことになります。
このような可能性を考えれば、どうしても現在必要ではない仕入についてはとりあえず様子見をする、つまり今ではなく後で意思決定するという意思決定自体は合理的といえます。
中間的な意思決定で重要なことは打ち手を狭めないこと
意思決定をしないという意思決定をすることは、ときには合理的な場合がありますが、いろいろな資源の中で時間だけは一方的になくなっていくことは強く意識しておく必要があります。
消費税引き上げに伴う原材料や商品の仕入では、消費税引き上げ時期の前に購入しようが後に購入しようが、多少の金額的なメリットがあるかないかに過ぎず、大きな違いはありません。
しかし、あるコンペに参加するかどうか、事業提携の提案に応じるかどうか、値引き要請を受け入れるかどうか、といった決定事項については決断せずに時間が経ち期限が過ぎれば、特定の選択肢を失うことになります。
そこで、「意思決定をしないという意思決定」とはどういうことなのか、もう少し深く考えてみます。
たとえば将棋の世界で、プロ棋士たちが苦労するのは、序盤戦でも終盤戦でもなく中盤戦だそうです。
なぜなら、序盤戦と終盤戦は、打ち手がある程度限られているからです。
だから、いちばん頭を悩ますのは、最も自由度の高い中盤戦なのです。
そして、羽生名人などの超一流の棋士たちが中盤戦において大切にすることは、打ち手を狭めないことなのです。
そのため、おおくの棋士たちは、その先の打ち手の自由度が高まっていく方向に中盤戦で駒を進めていくと語っています。
これと同じ発想が、これからの時代の戦略的な意思決定にも求められます。
現代の経営環境においては、戦略的な意思決定に迷った場合は、戦略的自由度が高まる方向へ打ち手を進めていくことが得策であることがおおいのです。
理論的自由度よりも現実的な戦略的自由度を高めることが重要
しかし、こう述べると「何をするかを決める」ということは「何をしないかを決める」ことでもあるから、わからない場合は基本的に「なにも決めず、なにも行動しなければ、自由度は最大化するのではないか」という反論が出そうです。
しかし、その考え方は誤っています。ここで述べているのは「戦略的自由度」についてであって、「理論的自由度」についではないからです。
理論的に可能な打ち手が数多くあるということは、戦略的な意思決定の場面では、あまり意味がありません。
大切なことは、現実的に実行可能な打ち手が数多くあるということなのです。
したがって、この戦略的自由度を高めるということは、決して明確な意思決定をしないことを意味しません。
もし経営者が、そうした受動的な姿勢や傍観者的な態度をとるならば、理論的自由度は残りますが、戦略的自由度はむしろ減っていくのです。
たとえば、A社から事業提携の話を持ちかけられたときに、「A社以外にもっと良い提携先が現れるのではないか」という受身の姿勢で回答を先のばしにしていたら、A社以外の企業からも事業パートナーとしての意欲や戦略性に乏しい企業だという評価を受けることになり、現実的に実行可能な打ち手は急速に減っていく結果になります。
つまり、「意思決定をしない意思決定」が合理的であり得るのは、戦略的自由度を損なわない打ち手である場合に限られるのです。