好きは嫌いの反対ではなない|差別化の意味

競争優位・差別化
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なぜ就活生は全員が黒いリクルート・スーツを着るのか

2000年代に入ってから、就活生が黒いスーツを全員着用するようになりました。理由を推測すると、就職氷河期の中で、悪目立たちをして無駄な失点をしないようにということなのでしょう。

彼らがそう思うには理由があります。バブル景気後の日本においては、これまで日本経済の強さの源と信じられ、セイフティネットとして機能していた多くのこと、親方日の丸・護送船団方式、終身雇用制、教育、医療、年金・・・などが崩壊しました。

その結果、セイフティネットが失われた社会は、特に弱い個人を標的にその生存をリアルに脅かすことになったのです。

同時に、2000年代を象徴付けるグローバリゼーションという底辺を基準に均質化が進む競争ゲームが活発になることで、「ごく一部の者は勝ち続け、その他大勢は負け続ける」結果を招き、短期的に一握りの勝者と圧倒的多数の敗者に社会は二極化することになりました。

資金もコネクションも世渡りの狡知も持たない若い社会人の多くが、こんなゲームで勝ち残ることは、構造的に不可能なのです。

結果的に「自分程度の才能では、いくらじたばたしても社会的勝者になる見通しは薄い」という辛辣な現実を親世代の負けっぷりから学習した子供世代は、「強者が総取りする」競争システムよりも、「弱者であっても生きられる」共生型社会の方が、自分自身の生き残りのためには有利であろうという判断を下すのは無理からぬことです。

弱者が生き残る道は、論理的に二つしかありません。

「強い存在の庇護下に入る」か「愛されなくてもいいから嫌われない」かの二つです。

前者は、いわゆる「玉の輿狙い」ですが、この戦略を全員が採択しても成功することは不可能です。

また、大手企業であろうとも倒産、吸収合併が相次ぐ事実を目の当たりして、若者の中に玉の輿そのものの存在に対する疑いが生まれて、メジャーな戦略とはなり得ません。

結果的に選ばれたのが、「愛されなくてもいいから嫌われない」方向性です。

自己利益の確保のためには、寡占的な依存状態を作らない「愛されなくてもいいから嫌われない」戦略は実効性が高いのです。

黒いリクルートスーツも、この「愛されなくてもいいから嫌われない」戦略に基づいているため、今どきの就活生には主体性がないと決めつけるのは短見です。

「失敗しないために、私はどういう格好をしてよいか分からないのです」というメッセージを黒いリクルートスーツによって発している点で、高度に記号的な操作を行う能力を発揮しているからです。

同時に、「どういう格好をしていいか分からない時には、とりあえず『無難な格好』というものを知っているくらいには社会的常識があるのです」というかなり複雑なシグナルを彼らはファッションを通じて周囲に送っています。

均質な服装をすることにより、「私は、変わり者ではありません、受け容れて欲しいんです」というリクエストを発し合う同類の間ではかない絆が形成されて、「愛されなくてもいいけれど嫌われない」戦略は見事に成就します。

でも残念ながら、「愛されなくてもいいけれど嫌われない」状態は大変もろく危ういのです。

企業の生存戦略でも「嫌われない」を重視する風潮

バブル景気崩壊後の「失われた20年間」を通じて、多くの企業経営の方向性も、学生諸氏の真っ黒なリクルートスーツと同じ状況になっています。

供給が需要を上回る拡大しない市場環境において、経営者は個人の場合と同じ2つの選択肢を弱者の生存戦略として有効と認めて、結果的にどちらか一方を採択してきました。

  1. 強い存在の庇護下に入る
  2. 愛されなくてもいいから嫌われない

先ずは、 「大きいものは強い」「寄らば大樹の陰」という価値観のもとに、資本提携、吸収合併、事業売却、合弁事業というテクニカルな手法を駆使しましたが、大企業でもあっという間に雲散霧消してしまう事件を目の当たりにする機会が増えると、そもそも絶対的に強大な人や会社という存在が疑わしく感じ始めました。

仮にそのよう存在があったとしても、強さと大きさを手に入れることで失う柔軟性のデメリットが想像以上に大きいことに気付き始めた経営者は多いはずです。

一方で、売上が落ちた現実を前にして、「なぜ売れないのか」を考える経営者が増えました。

売上を増やすために、「なぜ売れないのか」を考え対策を打って、新規顧客を獲得するという道筋は一見すると合理的なプロセスに思えますが、大きなピットホールに落ちる危険があります。

「なぜ売れないのか」を知るために、手っ取り早く非顧客に対してアンケート調査をしてみたとします。すると、「敷居が高く感じて入店しづらい」「値段が高い」「品揃えが悪い」「接客がフレンドリーではない」などの否定的な意見がたくさん出てくるでしょう。

このアンケートをもとに、もっと親しみやすくて気軽に入店できて、しかもお値打ち品を数多く取り揃えるブランドや店舗へとリニューアルするべきなのでしょうか。

非顧客の否定的な意見を取り入れてリニューアルをすれば、特に悪いところはないが、なんの特徴もない姿に変わり果ててしまいます。

結果的に、もともとの顧客から愛想を尽かされ、顧客層が入れ替わっただけで、売上は少しも増えないという事態を招きかねません。笑い話にしか聞こえませんが、実際にこういう経営をしている会社はたくさんあります。

その原因は、すべて最初の質問を間違っていたからです。

考えるべきは「なぜ売れないか」ではなく「なぜ売れている」か

「なぜ売れないか」を突き詰めることは、就活生よろしく「愛されなくてもいいから嫌われない」戦略をとることと同じ結果になります。

男女の関係でも同じことが言えます。

嫌いじゃないという理由で男を好きになる女性はいません。好かれるには好かれるための何かが必要です。相手に興味があるからこそ、好きなところも嫌いなところもよく見えてくるのです。嫌いじゃない人とは、あまり興味がない人と同じことです。

つまり、嫌われないための努力と好かれるための努力はまったく別物です。

これは企業においても寸分違わぬ話です。嫌われないための経営に徹した結果、誰からも好かれない会社になってしまった例は枚挙に暇がありません。

もちろん、最初から嫌われようとして経営している社長はいないけれど、結果的に嫌われてしまうことは覚悟する必要があります。

誰にも嫌われないように徹してしまうと、誰からも好かれない会社になってしまいます。

ですから、先ずは記号的表現として、「当社は〇〇にこだわっています」というメッセージを一貫して発信することがとても重要なのです。

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