新規事業への取り組みが3割強に過ぎない現実
経営者として「新規事業を立ち上げたいか?」と問われたらどう答えますか。
経験上YESの割合は半数を超えますが、実際に取り組んでいる企業は1割未満にしかなりません。
2016年に日本政策投資銀行が行った『企業行動に関する意識調査』の結果を見ると、新規事業の状況は、「取り組んでいる」が33%となっています。
このアンケートの調査対象は資本金10億円以上の大企業にも関わらず、この数字ですから、新規事業に進出している中小企業の割合が数%に留まっていても不思議はありません。
では、新規事業に取り組んでいる企業とそうでない企業の違いはどこにあるのでしょうか。
先ほどの意識調査で取り組んでいる企業は以下の理由をあげています。
1位 中長期に新たな収益の柱とするため(67.7%)
2位 既存事業とのシナジーが見込まれる(33.1%)
3位 事業多角化の一環(24.7%)
4位 既存の中核事業の収益力が低下傾向にある(17.7%)
一方、取り組んでいない企業の理由は、以下のとおりです。
1位 既存事業の収益力向上を優先(76.4%)
2位 今後も既存事業での収益確保や成長が見込まれる」(29.8%)
この2つが圧倒的な割合を占めていて、残りの理由はすべて12%以下に留まっています。
この結果から、新規事業に取り組んでいない企業は、既存事業をブラッシュアップすることで成長や収益力アップが可能で、しかも得策だという判断をしていることが分かります。
では、新規事業に取り組んでいる企業は、既存事業の成長性が失われたから新規事業への進出を考えているのでしょうか。
「既存の中核事業の収益力低下」は、理由の3位で17.7%に過ぎず、むしろ好調時に将来を見据えて、既存事業とのシナジーも考えながら、将来の収益の柱を用意する先取りの考え方を持っているのが、新規事業に進出している企業の特徴です。
新規事業により成果はあがるのだろうか
つぎに、新規事業に取り組んで実際に成果はあがっているのでしょうか。
2013年に日本政策金融公庫が行った「中小企業の新事業展開に関するアンケート」の結果に「新事業が業績に与える効果」が報告されています。
新規事業へ取り組んだ企業の10年前と現在の売上高の平均額は、10億2300万円から12億6100万円に増加しています。
売上高の内訳を見ると、既存事業が10年前より減少していますが、その代わりに新商品や新規事業の売上高がオンされていることが分かります。
一方で、既存事業のみに注力してきた企業の売上高の平均額は、10年前が9億4100万円に対して、現在は9億2300万円と微減しています。
衰退企業ほど新規事業好き
新規事業に取り組んでいる企業が持続的に好調な業績をあげる傾向が見られますが、実は衰退の坂道を転がり始めている企業でも、同じように新規事業に手を出すことが多いのです。
中小企業で新規事業に取り組んでいる割合は10%に満たないにも関わらず、再生案件の中で、本業の他に多角化を図り、別事業を起ち上げている割合は半数近くに上ります。
衰退企業ほど新規事業に手を出す理由は、『ビジョナリーカンパニー③衰退の五段階』を引用すると2つあります。
規律なき拡大路線(第二段階)
成功の味を知った経営者の中には、経営の目的が成長することや拡大することにすり替わり、本業だけでは物足りず、多角化と称して既存事業と無関係な商売へ進出したり、儲かると聞くと矢も盾もたまらず投資したりする人がいます。
でも、こうした新事業は果実を生み出すことは少なく、むしろ登り坂を駆け上がっていた企業を転落させる結果になります。
一発逆転の追求(第四段階)
大負けしているギャンブラーが損を一気に取り戻すために、最後の大勝負に出るのに似ています。
しかし、冷静さを失った状況で下した新規事業進出の判断は、資金の流出と財務力の一層の悪化という結果しかもたらさず、むしろ企業の余命を縮めることになります。
新規事業に手を出すことは諸刃の剣です。
失敗を恐れて既存事業だけにしがみついていると、ジリ貧になるだけですが、間違ったやり方で取り組むと企業が傾くことになるからです。
つまり、新規事業の失敗とは、「やらない失敗」と「やる失敗」の二種類があり、その両方とも避けることが大切です。
既存事業だけでは難しい企業の存続
バブル景気までは、市場の拡大に合わせて既存事業の強化をしていれば、自然と業績を伸ばしていくことが可能でした。
しかし、今日に至るその後の低成長時代においては、拡大しない市場のもと、既存事業で成長を図ることは、他社のシェアを奪うゼロサムゲームを意味します。
しかも適切な「差別化」が行われていない競争は、結局は低価格を争う以外方法がなく、仮にシェアを伸ばせても、売上単価の下落から収益性が下がるジレンマに陥ります。
だから、企業を持続的に成長させたければ、既存事業だけに囚われるのではなく新規事業にも進出すべきだ。
この考え方は、半分は正しいけれど、半分は間違っています。
別の言い方をすると、これまでは、その考え方でも良かったけれど、これからの時代では、さらに高い次元で新規事業の意味を理解する必要があります。
世の中に「企業30年説」が広く知れ渡り、会社の寿命は30年くらいと考えている人が多いのですが、この説が日経ビジネスに掲載されたのは34年も昔の1983年です。
ただし、ここで言う寿命とは倒産を意味するのではなく、企業の「旬の時期」という意味です。
その後2009年に日経ビジネスは、時価総額を尺度に会社の寿命を調べ直し「日本企業で約7年、米国企業で約5年」と発表しました。
この30年間で、企業の旬の時期は三分の一以下に短縮されたことになります。
企業の旬の時期が短くなる一方な状況では、新規事業への取り組みを「中長期的な収益の柱づくり」として悠長に構えてはいられません。
10年どころか5年先すら見通すことが難しいのですから。
ましてや、「既存事業の収益力向上を優先」して、新規事業には見向きもしない方針を採用することで、会社の存続を脅かす可能性が高まります。
さらに重要なことは、企業の組織老化を乗り越えて世代交代をしていくためにも、新規事業と新組織は不可欠なものだという点です。
確立した競争優位の持続から一時的な競争優位の連続
経営者の多くは、会社を成長させ存続させるために必要なことをこう考えています。
他社との競争優位を持続させる必要がある。
そのために、誰も真似が出来ないような強力な「差別化」を図り、それを維持するために努力を継続することが、経営の目的だ。
だから、一度手に入れた優位性を中心に据えて社員、資産、組織を最適化し、業界内で確固たる地位を築こうとします。
この考え方は、マイケル・ポーターの『競争の戦略』が指し示したもので、市場や業界の変化が少なく安定的な時代には、大いに役立ちました。
そのため、ファイブフォース分析やSWOT分析や3C分析などのフレームワークを熱心に学んだ人も多いはずです。
経営の外部環境が安定的な時代、戦略の力点は「分析」にあったからです。
ところが、手間ひまかけて分析をして「五ヶ年計画」を策定してみたところで、毎年計画値との乖離が生じ、二年後には新たな「五ヶ年計画」を作り直さなければならない現状では、分析や予測をして現在の競争優位を持続させようとする戦略思考自体が危険なのです。
これからの時代、先ず持続的な競争優位という発想を捨て、その代わりに、一時的な競争優位を連続させるという発想に切り替える必要があります。
つまり、新規事業や新たなビジネスモデルを、次々と送り出していくイメージです。
ただし、なりふり構わず別の商売に手を出し続けることを意味しません。
むしろ価値の源泉となる自社の強みと経営資源への深い理解をしたうえで、形を変えながらビジネスへ結び付けていくという一貫性と柔軟性の両方が求められるのです。
これからの新規事業の要点
「新規事業の起ち上げ方」について、①人材②オプション志向③「好き嫌い」を軸としたビジネス3つの視点に絞って話を進めます。
人材
価値のあるアイデアは特定の人間の頭脳から生まれるもので、プロジェクトチームを組成し、会議で議論を重ねても凡庸な成果しか得られません。
既存の人材で対応可能なのは、現状の不満を解消したり、既に分かっているニーズに応えたりするレベルのビジネス創出までです。
しかし、スティーブジョブスが「人は見せてもらうまで、何が欲しいかわからないものだ」と語ったような潜在的な欲求を刺激するアイデアは、既存事業に最適化された組織内の人材が生み出すことは難しいのです。
かといって研修をしたところでアイデアマンを生み出すことは不可能です。
そのために、先ずは企業が生まれ変わり、創造性の高い人材を惹き付ける必要がありますが、求められること、立派な経営理念や素晴らしいオフィスではなく、経営トップの「生き方」です。どんなビジョンを語るかよりも、「なぜそのビジョンを語るのか」という社長の思いが重要になります。
リアルオプション志向
1980年代の経営者は「新事業が軌道に乗るまでは5年とか10年の長い期間が必要で、赤字が積み重なり苦しい状況が続いても耐え抜き、最終的に成果を上げるまで頑張り抜くリーダーシップが必要だ」と考えている人が多かったのです。
新規事業は、自らの将来予測を信じて行うものであり、新規事業の事前評価は成功した時点で発生するキャッシュの現在価値(NPV)で行うべきものでした。
しかし、今の時代は将来予測を正確にすることはできません。
したがって、予測思考ではなく「仮説思考」を採用し、一度決めたことをやり抜く頑張りではなく、リアルオプション志向を持つことが望ましいのです。
リアルオプションについては紙面の関係で詳細は省きますが、新規事業を進めるにあたって、経営環境の変化を鑑みながら、状況が良ければ先に進み、逆に悪ければ立ち止まるか撤退するという柔軟な意思決定をすることを意味します。
さらに、最初から新規事業から撤退する累損基準と手順を明らかにすることで、埋没コストに引きずられる、あるいは現状維持バイアスにより止めるに止められないという状況を未然に防ぐ必要があります。
「好き嫌い」を軸としたビジネス
競争優位を築くためには「差別化」が必要ですが、差別化の強さは、他社に真似されづらいかどうかで図られます。
このことを参入障壁と言いますが、一般的には、特許や規制に守られているビジネスや属人性の高いビジネスは、参入障壁が高いとされています。
でも、その程度では強力な差別化にはなりません。
「そもそも他社がやりたいと思わない」ビジネスこそ最も差別化されているのです。
「あんな商売絶対にうまくいくはずがない」「あのやり方は馬鹿じゃないだろうか」と思うビジネスには、初めから参入してくる企業がありません。
イノベーションとは、他人から見ると非常識にしか思えないから意味がありますが、非常識な考えは「正しさ」にこだわって理詰めで考えても出てきません。あえて「好き嫌い」を前面に押し出してこそ生み出せます。そのときに、①で取り上げた人材が活きてきます。
新規事業で進める世代交代
これまで新規事業は、子会社を設立する方法より、企業内の事業部として取り組むことが多い傾向がありました。
しかし、既存事業の衰退を新規事業で補うという意味だけではなく、同時に進行している組織文化の老化を刷新するためには、別会社を設立してDNAを受け継がせ、世界交代をすることで、フレッシュな企業風土と文化を実現することにも大きな意味があります。
新規事業を次々と生み出していくことは、大企業の世界の話で、中小企業には縁遠いと思っている経営者が多いのですが、コンパクトで身軽な中小企業の方が「好き嫌い」を活かしたビジネスの創出に向いています。
これを機会に、自社でどんな新規事業を始めるかについての検討を始めることをお勧めします。