労働生産性向上には時短ではなく高付加価値化が必要

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経営者が持つべき「働き方改革の視点」

安倍晋三首相が2016年9月、内閣官房に「働き方改革実現推進室」を設置し、働き方改革への取り組みを提唱してから、「働き方改革」という言葉を頻繁に見聞きするようになりました。その結果、経営上無視出来ないテーマの一つであると考える経営者の方が増えています。

一方で、「働き方改革」の企業内における位置付けは、各社各様という状況です。競争戦略の視点からは、「差別化」が必要なので、それぞれの企業が「働き方改革」について、独自の視点から実現に動いているとするなら望ましいことです。しかし現実には、「働き方改革」に対する理解が不十分なために、横並び意識のもとで、競合他社に差を付けられないように、形ばかり追随をしている企業が多いのです。

たとえば「働き方改革」を、人事労務上の課題だと捉えている経営者の方が少なからずいますが、残念ながら大きな誤解をしています。「働き方改革」とは、人事部だけが所管するテーマではなく、企業がこれからも繁栄していくために必要な経営戦略に深く関わる重要な課題なのです。

そこで、本稿では、特に「生産性の向上」を中心に置いて、「経営者が持つべき“働き方改革”の視点」から、経営戦略としての「働き方改革」の輪郭を描き出すことを目的として話を進めていきたいと思います。

日本人は本当に働きすぎなのか

最初に「過労死」という言葉が生み出され社会問題化したのは1980年代後半です。労働者人口の増加に伴い60年代初めから70年代前半まで労働時間は減少していましたが、1970年代半ばからまた増え始め、バブル経済の訪れとともに1980年代末には週60時間以上の労働者が、男性では4人に1人を占めるまでなりました。その頃と比べて、現在の労働時間は増えているのでしょうか。減っているのでしょうか。

厚生労働省が発表している年間総実労働時間の推移を見ると、20年ほど前の数値は1900時間を超えていましたが、最近では1700時間台にまで減少しています。2015年のデータでは1719時間で、OECD加盟国内では22位です。1位メキシコ2246時間、16位アメリカ1790時間、21位イタリア1725時間より、労働時間が短いということになっています。

しかし、この数字は男女の区別を設けていません。厚生労働省とは別に、総務省統計局が行っている「労働力調査」の中で、全国の約4万世帯(約10万人)に対して聞き取りをした平均週間就業時間が発表されています。この平均週間就業時間に年間の平均就業週≒52週を掛けると、年間総労働時間が大ざっぱですが導き出せます。算出結果は、次のとおりです。

2010年 男2345時間/女1778時間
2011年:男2340時間/女1763時間
2012年:男2340時間/女1768時間

しかし、この数字は男女の区別はしていますが、正規社員と非正規社員の区別はしていません。したがって、男性の正規社員は2300時間をはるかに超える時間(一説では2700時間超)働いていることが推察されます。

つまり、政府は数値目標を掲げて労働時間の減少に取り組んできましたが、正規社員の労働時間については、この20年近く週平均50時間から52時間程度でほとんど変わっていないのです。これは欧米先進国と比較し、おおよそ週10時間、年間500時間も長くなっています。

日本の男性正規社員の多くが、依然として長時間労働をしている原因はどこにあるのでしょうか。大きな原因として、有期雇用、パート・アルバイト、派遣社員などの非正規労働者が急増したことがあります。

非正規労働者を含めた平均労働時間は確かに減っています。ただその結果、男性正規社員が働き過ぎている傾向が強まってしまいました。コスト優先で、非正規労働者を増やした副作用が、男性正社員の労働時間の長さに出ているのです。

日本の労働生産性は本当に低いのか

毎年12月に、公益財団法人日本生産性本部が「労働生産性の国際比較」を発表しています。2017年の12月に発表された調査結果の要旨は、次のとおりです。

日本の時間当たりの労働生産性は46.0ドルで、OECD加盟国35ヶ国中20位。
日本の一人当たりの労働生産性は、81,777ドルで、OECD加盟国35ヶ国中21位。
製造業の労働生産性は、95,063ドル。主要国中14位で過去最低の順位。
日本の時間当たりの労働生産性は、米国(69.6ドル)の3分の2程度の水準で、主要先進7ヶ国中、データ取得可能な1970年以降、最下位という状況が続いている。

この調査結果を見る限り、日本の労働生産性は低いと言わざるを得ません。なぜ、このような状況になっているのでしょうか。

生産性という数値は、[産出量(アウトプット)]÷[投入量(インプット)]によって求められますが、日本の投入量=労働力は、過去20年間ほどずっと減少傾向にあります。先ほど述べたように一人当たりの年間総労働時間が減少していることに加えて、就業者数自体も、1998年の6793万人をピークに減少傾向が続いています。2015年の労働人口は6075万人ですから、ピーク時に比べて10.5%減少していることになります。

一方で、日本の産出量=GDPは1990年が454兆円(名目)・404兆円(実質)で、2016年は537兆円(名目)・521兆円(実質)となっているので、「失われた20年」があったと言われながら、27年間で18%(名目)・28.9%(実質)成長しています。過去20~30年間に就業者数と年間総労働時間が減少しつつも、GDPが増えているなら、労働生産性の算出に使用する分子が増え、分母が減っていることになり、日本の労働生産性は大いに改善されているはずです。

では世界一の経済大国アメリカの状況はどうなのでしょうか。過去20年間で就業者数は約20%増加し、総労働時間は1800時間で横ばいのままなので、1724時間の日本より長くなっています。一方で、アメリカのGDPは、過去20年間で2.29倍(名目)・1.58倍(実質)に成長しています。

結果的に、労働生産性の国際比較において、米国が3位を維持し続けている一方で、日本は16位から21位へと順位を下げています。その原因は、日本の労働生産性の向上が、過去20年に渡って僅かな上昇に留まっているからです。

裏を返すと、アメリカなど労働生産性が高い国は、現在の数値が高いだけでなく、毎年上昇を続けているという特徴があります。実際にOECD加盟国35ヶ国の実質労働生産性上昇率(2010年~2015年平均)のランキングを見ると、日本は28位で0.4%しか上昇していません。これは加盟国平均0.8%の半分の水準です。

労働生産性向上で重要なのは時間削減なのか

「長時間労働が労働生産性を悪化させている」という主張に従うなら、就業者数が減少しているにも関わらず、実労働時間の削減を果たした日本と米国の生産性の差は、過去20~30年の間に縮まっているはずです。しかし、現実は約17%も労働時間を削減して、労働生産性を改善したはずの日本のランキングは下落しています。

つまり、上位国並みに労働生産性を引き上げるためには、労働時間にだけ着目していては難しく、むしろ日本のランキングを下落させた「何か他の要素」こそが、労働生産性を向上させるために重要だと言えます。

「何か他の要素」とは、分子であるGDPの成長です。ただし、これまでのような「気合いを入れて売上を増やそう!」というようなガンバリズムでは、日本のGDPは増やせません。むしろ、これまでのやり方が通用しなくなったという現実を、労働生産性が現に低いこととしかも向上率が低い事実が指し示しているのです。

これまでのビジネスにおいては、「効率」が利益を生み出し、利益を拡大していくための重要なキーワードでした。そのため、「より多くのモノをより早くより少ないコストで」を目指して企業経営は行われてきました。だからこそ、シックスシグマとかTPS(トヨタ生産方式)とかERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)などの、効率により利益を生み出そうという手法が成功の鍵だとされて来たのです。

しかし、効率を追求し続けた先にあったものは、「偽装」や「不正」や「ブラック企業」の頻発という結果でした。大企業ですら、いままで通り効率によって利益を上げ続けることが難しくなっているという認識を、先ずは持つべきでしょう。 ましてや中小企業が、効率を追求することで利益を上げていくことが難しいのは言うまでもありません。

そこで、「効率を高めること」で利潤を生み出すビジネスから、「付加価値を高めること」で利潤を生み出すビジネスへの方向転換が必要になります。

これまで企業は、残業削減などによる長時間労働の是正で、労働生産性の改善に努めてきました。この取り組みの中で、労働者がより効率的に働き、同じ仕事のアウトプットを短い時間で達成できるようになれば、企業としては、アウトプット(生産量=売り上げ)は変わらず、労働者の残業代や必要人員数が減るため、賃上げが行わないかぎり、企業の受け取る利益が増えることになります。

もちろん、同じアウトプットをより短い時間・人数で達成することで、労働生産性を改善することも、経済発展のために大切なことです。労働生産性が高まることで、余剰となった労働力が新たなサービスや製品の生産に携わることで、実質所得を向上させることが出来るからです。ただし「新たなサービスや製品」がイノベーティブではなく、高い付加価値を生み出せなければ、余剰となった働き手は移った職場で、従来どおりの低賃金を余儀なくされます。

バブル崩壊後、日本企業は不況を乗り越えるための切り札として、生産性の向上に邁進してきましたが、それは効率化の追求に過ぎず、付加価値の向上には無頓着でした。そのため、飲食・宿泊や卸売業・小売業、運送業などのサービス業を中心に、企業は需要確保のために安売りに走りました。労働者の勤勉さや高スキルが貢献し、日本企業の労働生産性は向上したけれど、コスト削減が値下げ原資に回されたために、最終的な労働生産性の伸びは相殺され、むしろデフレ経済を助長する結果となったのです。

そういう意味では、安倍政権が掲げる『一億総活躍プラン』は、経済成長のために、女性や高齢者、あるいは外国人などの新たな働き手が必要だという労働投入型の発想から進歩していない危うい考え方です。

また、「低い生産性の仕事を長時間、社員に課している企業」は、淘汰あるいは是正されるべきですが、一方で「驚くような高生産性で、昼夜を問わず働き、圧倒的なスピードで世界をリードしてゆく企業」を生み出さない限り、日本経済の浮揚はありえません。問題は、頭数や時間の長短ではないのです。

労働の質を高めアウトプットを増大するために必要な人材とは

では、個人や企業が労働の質を高めるためには、どうすれば良いのでしょうか。プロジェクトを起ち上げ、優秀な社員を集めて議論を繰り返したとしても、高付加価値ビジネスを生み出すことは難しいでしょう。あるいは、経営者自身が旗手となって斬新なビジネスモデルを編み出すことも現実的ではありません。なぜなら、現在の企業の姿が、効率を追求するために最適化された人材、組織、文化として完成されているからです。

労働の質を高めてアウトプットを増大するためには、改善(インプルーブメント)の積み重ねだけでは限界があります。

どうしても、事業戦略やビジネスモデルにおける変革(イノベーション)が必要になりますが、多くの人の考えを集めたり、調査を繰り返したり、多数決をしたりするこれまでの方法からは生まれづらいのです。むしろ卓越したビジネスプランは、一個人の頭のなから生まれることの方が多いのです。

企業における人材活用の重点課題として、多様性(ダイバーシティ)と包括性(インクルージョン)を掲げる企業が増えていますが、本当に必要な多様性とは、性別、年齢、国籍などの属性のバラエティではなく、これまでの組織文化から見ると疎ましいと思えるような人材を惹き付け、その人物を包括した新たな組織アイデンティティを確立して、高付加価値を生み出すビジネスを創出することです。

最近では、日本企業も求める人材像の中で、創造性に重きを置く傾向がありますが、依然として「出る杭は打つ」組織風土まで変化している訳ではありません。

今まで行ってきた同質性のマネジメントから、新たに異質性のマネジメントの実行をすることが、経営者に求められているのです。

労働生産性を高めるための4つのアプローチとは

「日本の労働生産性は本当に低いのか」(「DIAMOND ハバード・ビジネス・レビュー」2017年7月号 法政大学講師 永山晋)の中で、企業が生産性を高めていく方法を4つに類型化して解説してあります。

① 改善ドリブン

製品、生産、開発、営業など企業活動のあらゆる分野で地道に改善を積み重ねながら生産性を高めるアプローチ。インプット、アウトプットともに大きな変化は伴わない漸進的な方法。ただし、組織が硬直化しやすく、革新的イノベーションを生む活動に資源を十分に配分しないという問題を生じやすい。

② スケール・ドリブン

既存事業、周辺事業の拡大を図るために積極的にM&Aや海外展開を行うアプローチ。インプットの急進的拡大を伴うが、事業内容に革新が伴わないため、アウトプットは漸進的な変化に留まる方法。うまく行けば規模の経済を強化できるが、M&Aの失敗やシェア拡大のツケとして市況変化の影響を受けやすいというリスクも大きく、むしろ生産性を低下させる可能性と隣り合わせである。

③ 変革ドリブン

組織、事業ドメイン、ビジネスモデルの変革を通じて生産性を高めるアプローチ。インプットは大きく変化させない一方、主力事業を変化させることからアウトプットは急進的拡大を可能とする方法。ただし、平時ではなく有事になってから行う変革は、完遂することが難しく、縮小や衰退に陥ることがある。

④ ビジョン・ドリブン

経営者が思い描くビジョンの実現を中心に据えた生産性向上アプローチ。ビジョン実現のため、大胆かつ積極的な先行投資を行う。既存事業との関連性が一見薄く感じられても、経営者が考えるパズルのピースとなる事業ならば投資対象となるため、上手くいくとインプットもアウトプットも急激な拡大を伴う。

また、この論文の中で永山氏は、日本の上場企業とアメリカのフォーチュン企業との生産性変化の差を、インプットの差ではなく、主にアウトプットの差から来ているとしている。具体的には、過去15年間で日本企業が平均的に2倍にしたのに対して、フォーチュン企業は2.7倍にしています。

この差は、どこから来ているのかというと、生産性向上のアプローチが、改善ドリブンやスケール・ドリブンより変革ドリブンやビジョン・ドリブンによるものが多いということです。

成功しているアメリカ企業、例えばアップルやアマゾンを見ると、カリスマ的な経営者が大きなビジョンを描いて、その実現に邁進するビジョン・ドリブンによるアプローチをとっていることが分かります。

その意味では、アウトプットの質を上げ、総量も大幅に増大させるためには、ビジョン・ドリブンが望ましいのですが、経営者個人の資質に依存するところが大きいために、ベンチマーキングすることが難しい。したがって、現実的には、変革ドリブンが有力になりますが、平常時に変革をタイミングよく行うことや完遂することは極めて難しいことが経験的に言えます。

特に、多くの企業は有事になって初めて本格的な変革に取り組むことから、再生までの期間が長引くうえ、社員のマインドを変えられずに中途半端に終わるケースも多いのが現実です。

このように、生産性向上への道のりは、決して平坦ではありませんが、日本企業にとって避けては通れない道です。経営者として、是非リスクをとって取り組む覚悟をする必要があります。

「働き方改革」に対する労使の間の認識の違い

日本企業の生産性が低い一方で、日本人労働者自体の能力は世界一高いという調査結果があります。

2013年OECDが初めて実施した「国際成人力調査」で、出題された3分野のうち2分野で参加国中トップだった日本は、国別平均点でもトップという好成績を記録しました。調査対象国は、OECD加盟国以外も含めて24ヶ国。この調査は、16~65歳までの男女を対象として、(1)読解力(2)数的思考(3)ITを活用した問題解決能力および対象者の属性(年齢・性別・学歴・職歴)について調査しました。

この調査結果を見て、「ものづくりニッポンの強さが証明された」と考える人がいるかもしれません。たしかに、言語能力と数的思考力が高いことは、これまで生産現場で力を発揮する能力でした。

しかし、コスト優先で生産拠点を海外へ移転していった結果、製造業の現場で力を発揮する優秀な中間層の活躍の場所が失われ、宝の持ち腐れになっています。また、今後必要とされるクリエティビティの高さが求められる人材とは、持っている能力にアンマッチがあります。

そこで、これまで自社内にいなかった新たな人材へのニーズが高まることになり、そのためには「働き方改革」が重要だという企業側の主張が強まるのですが、働き手にとって「働き方改革」は、本当に歓迎すべきことなのでしょうか。

2017年1月日本経済新聞が上場企業301社へ行った調査結果は、このようになっています。

  • 働き方改革への期待
    人材採用で有利/効率的な働き方が生産性向上
  • 政府への期待
    脱時間給/税や社会保険制度の見直し/解雇規制の緩和

一方、同じ調査で正社員に聞いたアンケート調査の結果は、次のとおりです。

  • 力を発揮する状況
    安定した給与/人員の適切な配置
  • 政府への期待
    賃上げ

この結果を見てわかるように、企業は「効率」で利益を生み出す考え方に留まったままで、「働き方改革」に取り組んでいるというアピアランスが人材採用で有利に働くと考えていますが、本音では人件費抑制のために制度の緩和を政府に期待しています。

一方、正社員側は、時短を最優先に望んでおらず、長時間労働の是正で給料が下がるくらいなら、適材適所の仕事で力を発揮することで、今まで以上に稼ぎたいと考えている人が多いのです。

こうした労使間の認識の大きなギャップを抱える会社や職場が、卓越した優秀な人材を惹き付け、かつ能力を十二分に発揮してもらうことは可能なのでしょうか。

サイボウズ株式会社が昨年9月に日本経済新聞に『働き方改革に関するお詫び』と銘打って出した全面広告が話題になりました。この広告を出した意図を、同社はこう語っています。

世の中の働き方改革が、画一的になっているのではないか、と感じていました。イクメン、女性活用、ノー残業……。『右向け右』で同じ方向に向いている。
残業にしたって、働きたい人は働けばいい、帰りたい人は帰ればいい。みんなそれぞれに、違った生活や働き方への意識がある。パソコンを取り上げるのではなく、まずそういったことを重要視するべき。
今回の広告をきっかけに、働くことの多様性を、自分なり、会社なり、チームなりで考えてもらいたかった。

企業は、会社都合の「働き方改革」を推進するだけではなく、働き手の視点からも「働き方改革」のあり方を考える必要があります。

「働き方改革」は「働きがい改革」

これまでも「企業は人なり」という言葉を好んで口にする経営者の方は多かったのですが、これから労働の質を本気で高めていくために、今までとは違った意味で卓越した人材の重要性が高まります。

ただし、高付加価値を生み出す人材は、「義務で仕事をする」あるいは「仕事だから詰まらなくても仕方がない」と考えることはなく、「自らが楽しいと思う仕事を思いっ切りする」ところに特徴があります。

したがって、経営者が着手すべき改革は、「効率化」のための「働き方改革」ではなく、卓越した人材から自発的な創造的アウトプットを引き出す場づくりをするための「働きがい改革」なのです。「そのために何が必要になるか?」ぜひ熟考されることをお勧めします。

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