適正価格をどう決めたらいいのか
以下の記事にて、大企業ではない企業が利益増加を行うためには、「高価格戦略、すなわち高付加価値戦略以外に採用できる手段はない」ことを指摘しました。
高付加価値と高価格は密接に関係しているため、「高い価格を付ける場合、適正価格をどのように算出したらいいのか?」という疑問が出てくるはずです。
本来、価格決定は経営の意思を表現するための最も有効な手段です。
しかし、現実的には何のポリシーもなく価格設定を行っている企業が業種を問わず多いのです。
その最大の理由は、ほとんどの人が価格決定についてきちんと学んだことがなく、ただ「なんとなく」価格決めをしているからです。
価格決定のスタンダートな方法とは
価格の決め方については、既に確立された方法論が存在しています。
例えば、以下のような設定方法があります。
- 企業サイドの原価をもとに決定する方法
- コストプラス価格設定方式
- マークアップ価格設定方式
- 消費者サイドの支払意思をもとに決定する方法
- 知覚価値価格設定方式
- 需要差別価格設定方式
歴史的な流れから見ると、当初は企業サイドの都合で決めていた価格が、消費者サイドの購買意思を横にらみしながら価格を決める方向に変化しています。
特に、フィリップ・コトラーが「顧客価値」という考え方を提唱してから、その傾向に一層拍車がかかりました。
コトラーによると、企業が顧客に提供する価値とは、企業の独りよがりの製品価値ではなく、顧客が認める、あるいは受け入れる価値である必要があります。
そして、その顧客価値とは、「顧客が得るすべてのベネフィット(総顧客ベネフィット)」と「その入手・使用にかかるコスト(総顧客コスト)」の差と捉えられています。
- <総顧客ベネフィット>
- 製品ベネフィット(製品そのものの価値:機能・信頼性・希少性など)
- サービスベネフィット(製品に付随したサービスの価値:保守・メンテナンスなど)
- 従業員ベネフィット(従業員の応対やパーソナリティによる価値:対応態度など)
- イメージベネフィット(企業イメージ・ブランドイメージなどによる価値)
- <総顧客コスト>
- 金銭的コスト(製品価格・維持費・配送費など)
- 時間的コスト(納品までの時間、交渉に要する時間、使用法理解に要する時間)
- 労力コスト(商品探索や購入時の手続き、店舗から自宅に持ち帰る労力)
- 心理的コスト(初回購入時の不安・購入時のストレスなど)
つまり、価格は次の等式で表されます。
高付加価値ビジネスにおいては「適正価格」は存在しない
既存の価格設定方法の名称とコトラー流の価格の考え方について触れましたが、どの概念も方法論もきちんと理解すれば、ただ「なんとなく」価格を決める状況からの卒業には役立ちます。
ただし、全ての価格決定方法には、ある限界が存在します。
それは、「適正価格」という考え方です。
すべての価格決定に関する考え方や方法論は、「適正価格」があることを無言の前提をおいて、それを割り出すために編み出されています。
確かに、経済学の基本原則に「等価交換」が鎮座している以上、消費者が支払う対価に見合う商品・サービスを意識することは、商売人としての最低限のモラルです。
しかし同時に、適正価格の追求という枠組みから離れない限り、高価格・高付加価値戦略を採用した事業展開の可能性を最大化することはできないのです。
生活必需品については、適正価格を追求せざるを得ないでしょうが、高価格・高付加価値な商品・サービスについては、価格自体の意味をあらためて考え直す必要があります。
ただし、高価格とは一歩間違えば、単なるぼったくりと紙一重とも言えるので、慎重に考えなければなりません。
対話というコミュニケーションスタイルの重要性
服・バッグ・アクセサリー・自動車などの各分野にラグジュアリー・ブランドが存在しますが、なぜ人々は高価なブランド品を買い求めるのでしょうか?
コトラーの理論によれば、イメージベネフィット(企業イメージ・ブランドイメージなどによる価値)を評価しているという答えになりますが、もう一ひねりする必要があります。
そのために、「急がば回れ」で人間のコミュニケーションについてのつぎの話を入口にしてみます。
私たちは毎日誰かと言葉を交わしていますが、言葉の交換に種類があることが意識しているでしょうか。
言葉の交換には、大きく分けてつぎの3つがあります。
会話 - 親しい仲間でのおしゃべり
議論 - 相手を言い負かすことを目的としたもの
対話 - 異なる価値観を持つものが妥協点を見つけるためにするもの
最近の世の中を見渡してみると、3種類のコミュニケーションのうち、たわいもない「会話」と青筋立てた「議論」は盛んに行われている一方で「対話」が少ないのです。
コミュニケーションとしての「対話」は、要するに何かと何かを交換することです。そして、ここが面白いところですが、もっと交換をしたいという気持ちが高まるのは、そこで交換するものの意味や価値がよく分からない時でなのです。
だから、対話の中で発せられる「よく分からない」という言葉は「あなたのことをもっと知りたい」という興味が根底にあります。
「よく分からない」と言われた側は、「それでは、この話はどうだろう・・・」と別の話を始めることで、その後のコミュニケーションが弾んでいきます。
反対に「よく分かった」という言葉は、コミュニケーションの終わりを意味します。
なぜなら、「よく分かった」が持つ裏の意味は「もう十分に話を聞いたから、黙ってくれ」であり、そこには興味や好奇心が失われた状態があるからです。
つまり、「興味や好奇心が失われたコミュニケーションの相手には価値がない」のです。
これは、コミュニケーションの話ですが、ラグジュアリー・ブランド品を欲しがる人の心の奥底にも、同様に「よく分からない」ものへの渇望があるのではないでしょうか。
高額商品の価格の内訳が分からないから欲しくなる心理
夏場はTシャツにお世話になることが多いですが、手持ちのTシャツの中で一番高いものの値段はいくらでしょう。
せいぜい3千円未満という人が多いと思いますが、スポーツ選手や芸能人に人気があるルシアン・ペラフィネ(lucien pellat-finet)のTシャツは、10万円~20万円の価格で売られています。
ルシアン・ペラフィネのTシャツの素材を見ると、金糸が使われているわけではなく綿100%となっています。もちろん吸湿速乾性という機能とか、ましてやモテ保証などは付いていません。
機能的には5百円のユニクロのTシャツでも十分に用が足りるのに、なぜ10万円以上もするTシャツが人気なのでしょうか。
ちなみに、世の中で一番高いTシャツはエルメスのTシャツです。このTシャツの素材はクロコダイル革で、プライスは91,500ドル(約1,100万円)となっています。
ルシアン・ペラフィネのTシャツの10万円ですら驚きですが、なぜエルメスのTシャツは1,100万円という価格が付けられているのでしょうか。
希少なクロコダイル革が使われ、世界で指折りの職人が手作業で時間をかけて製作しているから、素材も人件費も通常のTシャツよりはるかに高いことは間違いないでしょう。
でも、本当は1,100万円という価格の内訳を私たち々は知りません。
むしろ1,100万円という価格の内訳が精緻に示されてしまい、かつその内容が合理的に承認できるものであったら、おそらく私たちは1,100万円のクロコダイル革のTシャツを買わないでしょう。
「よく分からない」からこそ、人はそこに想像力を逞しく働かせることで無限の可能性を感じることが出来るのであり、無限の可能性それ自体に価値があるのです。
価格の合理性を説明するより価格の受容性を高めることが大切
1,100万円の価格が妥当だと十二分に納得したクロコダイル革のTシャツは、バリュー・フォア・マネーとなり「ちっとも高くない」ことになります。
価格の内訳が分からないのに、1,100万円のクロコのTシャツを身に付けるからこそ、「違いの分かる人」「センスがいい人」という無形の称号を周りの人々から得ることが出来るのです。
それが、1,100万円の価格の内訳が世間に公表され、それが万人に納得出来るものであるならば、1,100万円のクロコのTシャツに袖を通す人は、単に「金を持っている」という事実を見せびらかしたいだけの人と思われてしまいます。
クロコ革のTシャツは1,100万円という絶対値が大きい価格ですが、なにも金額が大きいことが高価格・高付加価値というわけではありません。
1万円でも1千円でも、同様に「なぜだか分からないから価値がある」という状況をつくることは可能です。
もちろん、商品やサービスを提供する側としては、価格に根拠がある必要はあります。そして、その価格に見合った価値についての説明責任も負っています。
しかし、適正価格にとらわれて、顧客目線で100%納得をしてもらえる価格に留まるところから一歩踏み出すことが必要なのです。
自己の目線で顧客価値があると信じれば、その価格を採用することを決断することが第一歩になります。
最後に、言い忘れてはいけない重要なことがあります。
価格決定以前に、自信をもって送り出せる商品やサービスをが手元にあることが最も大切なことです。そうでなければ、単なるぼったくり商売になってしまうでしょう。