2021年以降の経営環境における3つの変化とは
コロナ禍を経た2021年以降の経営環境には、これまでとは違う3つの特徴があることを知る必要があります。
この特徴を理解しておかないと、誤った前提で考え実行することになり、事業がつまずく可能性が高まります。
- 業界内の競争から業界間の競争への変化
- 持続的な競争優位から一時的競争優位への変化
- 差別化要因の変化
①業界内の競争から業界間の競争へ
これまでの時代の企業戦略は、ある基本的な前提を置いていました。
それは、「業界がもっとも重要な枠組みである」ということです。
この前提を置いた理由は、「業界はあまり変化がない安定的な競争要因である」と考えていたからです。
しかし、いま起きている変化の内容は、業界がほかの業界と競争し、同じ業界内でもビジネスモデルが異なったビジネスモデルと競争し、思いがけない場所からまったく新しいカテゴリーのビジネスが現れるという未曾有の事態です。
例えば、車の自動運転の分野では、トヨタのライバルは自動車メーカーではなくグーグルです。
また、かつて日本で躍進を続けていたスターバックスコーヒーの前に立ちはだかったのは、コンビニのセルフ式コーヒーです。
このように、業界だけを基準にしていると、欠落している情報が増え、意思決定を下すレベルで実際に何が起きているかを判断できない状況が起きています。
だからと言って、すべての業界に目を光らせて情報収集に努めることは不可能です。
②持続的な競争優位から一時的な競争優位への変化
今までの企業戦略は、もう一つ別の基本的な前提を置いていました。
それは、「一度確立された競争優位は持続する」ということです。
戦略が目指すゴールは、業界で不動の地位を確立すべく、人、組織、資産を最適化することでした。
優位性の持続を信じ、競争力が高い中核事業へ経営資源を重点的に投下する経営は、成長と高業績をもたらしました。
ところが、企業が旬な期間は短くなる一方です。
日経ビジネスの調べで1980年代には30年だった期間は、2009年には「日本企業で約7年、米国企業で約5年」と三分の一以下に短縮されています。
現在はさらに短縮され、日本企業でも5年程度になっていると考えるべきでしょう。
したがって、戦略の方向性として、持続的な優位性を持った中核事業を生み出すことを考えたり、現在優位性を持った事業がある場合、それをブラッシュアップすることで今後10年間を乗り切ろうと考えたりすることが、極めて危険なのです。
競争優位性を手に入れたとしても、最初から短命であることを覚悟して、ビジネスと組織の継続的な再構成・再構築や撤退という能力を高めることが、これからの時代の企業経営に求められています。
③製品やサービスからイメージによる差別化への変化
競争優位性があるということは、他社あるいは同じカテゴリーの他の製品・サービスに対して「差別化」されていることを意味します。
差別化の方法論には種類がありますが、「製品」「サービス」「イメージ」という3つの側面から考えてみます。
製品による差別化
衣服であれば保温性・速乾性・防汚性といったものになるでしょうし、食品であれば味や食感ということになります。
使用価値から見て、製品の完成度が高いことを前提とし、価格合理性が高ければ、最もわかりやすい差別化要因になります。
サービスによる差別化
リッツ・カールトンなどの高級ホテルが、客室の設備や内装のクォリティの高さだけを売りにするのではなく、ホスピタリティを前面に押し出して存在価値を確立しているのが、分かりやすい例です。
また、アマゾンが最初に取り入れた「お急ぎ便」による当日や翌日に注文品が届くサービスも、商品に付随するサービスによって価値訴求をして、存在価値を生み出しています。
この「製品」あるいは「サービス」により差別化を図ることを得意とする企業が、これまで日本には多かったのです。
定量化が可能な製品の進化は、ビフォーアフターが分かりやすく、より高機能・高サービスになれば、顧客に対して「違い」を理由に価格合理性を説明しやすかったからです。
例えば、家電品は高価格品ほど使う素材が良くなり、機能が増え、耐久性が増していきます。
しかし、製品やサービスを進化させ続けていくと、顧客が必要としている水準を超える瞬間が来ます。
この時、製品やサ-ビスが持っていた差別化のための価値は、顧客にとって「過剰価値」になり差別の効果が失われます。
この状況になると、「こんなに機能やサービスはいらないから安くして欲しい」と顧客が思い始め、価格競争に逆戻りします。こうした負のスパイラルに陥って抜け出せなくなっていたのが、バブル景気崩壊後の多くの日本企業の実態です。
そこで、新たな差別化要因としてイメージによる差別化について考える必要がでてきました。
イメージによる差別化
しかし、イメージによる差別化は突然出てきたものではなく、古くからシャネルやエルメスなどのラグジュアリー・ブランドが実践している方法です。
高品質な商品、店舗における上質なショッピング体験を提供することで製品価値とサービス価値を提供するだけでなく、そのブランドが持つ伝統やストーリーなど、ブランドが醸し出す世界観やイメージによって本質的な差別化を図っているところに特徴があります。
イメージによる差別化は、製品やサービスによる差別化と比べて、価格との相関関係が弱いという特徴があります。
例えば、20201年モデルのポルシェ911GT3は2,2296万円で、フェラーリSF90 ストラダーレは5,340万円ですが、ポルシェ好きは価格が2,000万円以上安いからフェラーリよりお得だと思って、911GT3を買うわけではないでしょう。
そもそも、911GT3の2,000万円やのSF90 ストラダーレ5,000万円にどのような価格合理性があるのか買い手は知りません。
一度確立されたブランド価値は、一貫性を持ってブラッシュアップし続けることで、長期間に渡り価格競争とは無縁のビジネスになるのです。
LEXUSの実例から知るブランド創出の難しさ
そこで、これまで製品とサービスだけに焦点を当てていた企業が今日からイメージによる差別化に取り組もうしても、新たに価値あるブランドを浮き上がらせることは容易ではなく、旧弊に覆われた組織がブレークスルーをしてブランドを自力で築き上げられる可能性は限りなく低いという現実があります。
今や日本の高級車として誰もが認めるLEXUS(レクサス)ですが、2005年にブランドを起ち上げたときは、北米では当初より好調でしたが、欧州や日本ではトヨタ自動車をもってしても価値あるブランドとして受け入れられるのに予想以上の時間がかかりました。
その理由は「LEXUSにはHeritage(伝統) や Pedigree(血統や名門の系譜)がないからだ」と言われることが多いのですが、トヨタ車からステップアップして欧州の高級車に乗り換えられないようにすることを目的として、そのための受け皿として作った新たな流通チャンネル名がLEXUSだったことが苦戦の原因です。
つまり、トヨタ自動車自身がLEXUSをブランドと考えていなかったのです。そのため、「販売面での哲学はあったが、ブランドとしての哲学はなかった」と、当時のレクサスブランド企画室長が語っています。
トヨタ自動車ほどの大企業だから苦労したとも言える反面、トヨタ自動車ほどの大企業が本気で取り組んでも10年かかるのが、ブランド価値の創出だとも言えます。
これからの時代においては、価格合理性を定量化することが出来ない価値による差別化や顧客の顕在化したニーズに応えるのではなく潜在的なウォンツを喚起するような製品やサービスの創出が、企業の利益の源泉に移り変わっていきます。
もちろん、「製品」と「サービス」による差別化を採用する企業がなくなるわけではありませんが、この方針で成功するためには、サプライチェーン改革を行い、圧倒的なコスト競争力を持つ必要があります。
既存のビジネス構造のままで、気合いと根性と努力で頑張っても、結局は資金力や財務体質が勝敗を決める要素になるだけで、「品質は良いけどリーズナブル」という市場でのポジショニングで差別化できるわけではありません。
実際にアパレルのユニクロ、家具のニトリ、靴のABCマートは、この方針を採用していますが、中小企業が目指すべき方向性ではないことは言うまでもありません。
ブランド構築に関する2つの誤解とは
イメージによる差別化のために新たにブランドを構築するにあたって、2つの誤解が生じやすいので注意が必要です。
伝統や歴史がないとブランド構築は難しいという誤解
一つ目の誤解は、「うちには語るべき伝統や歴史がないから無理だ」と言う経営者がいます。
しかし、それは違います。ブランドは「権威」ではなく消費者の「感情を巻き込む」ものです。
最近バルミューダという高級家電メーカーが次々とヒットを飛ばしていますが、この会社は2003年設立なので20年も歴史がありません。
それでも成功している理由は、「バルミューダは家電という道具を通して、心躍るような、素晴らしい体験をお届けしたい」というHPに書かれている理念を貫き通しているためバルミューアのファンが育っているからです。
ブランドは強力な販売促進策だという誤解
二つ目の誤解は、ブランド構築を販促策の一つだと考えることです。
有名な芸能人をイメージキャラクターにして露出を増やせば、会社や商品のブランドが出来上がると思い、とりあえず広告代理店に相談をすると、「年間1億円で先ずは3年計画で3億円」と金額を提示されて腰を抜かします。
そこで、「これだけ投資して、どれだけリターンが見込めるのか」という頭になってしまうのですが、これでは販促策の発想から抜け出ていません。
ブランドは、商品単位の短期的な販促策とは異なり、事業レベルでの高価格化や集客などの販売力強化、優秀な人材採用や社員満足度の向上などの組織力強化を中長期的に実現していくための戦略なのです。
しかし、ブランドを販促策やマーケティングのレベルで捉えていると、日本のアパレル企業のように、何十もの「ブランド」を抱えて、どれも中途半端な状態に陥ります。
欧州のラグジュアリー・ブランドを見れば分かりますが、シャネルもBMWも一枚看板でブランドを確立しています。
最後にもう一点補足すると、「うちはBtoBだからBtoCと違って、ブランドは必要ない」とか「ブランドがつくりづらい」ということを口にする方がいます。
確かに、企業は個人と違って、好き嫌いより「損得」で物事を判断する傾向が強いものです。
しかし、優秀な人材を集め、創造的な仕事をしてもらうためにもブランドは必要ですし、取引先の企業の担当者も最後は人なのだから、コーポレートブランドは業態に関わらず構築する意味があります。
タスクフォース設置がイメージ価値で勝負していく第一歩
ブランド以外にも、変化に対する柔軟性と俊敏性を高める経営基盤をつくるための要点はいくつかあります。
- 重要な経営資源は、事業部門に持たせずに全社の統括部門で管理する。
- ビジネスチャンスを既存の組織にはめ込むのではなく、ビジネスチャンスに合わせて組織をつくり直す。
- 資産はなるべく持たないようにし、保有している資産も競争力を失ったら転用や延命を考えずに迅速に処分する。
- 継続的にイノベーションを起こすプロセスを社内で根付かせる。
- 問題解決のために優秀な人材を使うのではなく、チャンスを見つけて捉えるために人材を使う。
しかし、これらの課題はイメージ価値による差別化を図る戦略に舵を切り、コアバリューを貫きながら、外部環境の変化に対応して製品やサービスあるいは事業自体を融通無碍に変容させていくための課題です。
自分の会社のブランドに価値が出てきて初めて、こうした取り組みが求められてくるという順番です。
したがって、改革の第一歩は、イメージ価値創出のためのタスクフォースを設置することです。
既に現在の考え方ややり方に染まっている組織を変えていこうとするとき、最初から組織全体を対象にするよりも、組織の中に小さなクサビを打ち込む方法が上手く行きやすいからです。
小さな組織で大きな変革を起こし、その空気を組織内に徐々に伝播していく方法が急がば回れになることが多いのです。
ただし、タスクフォースは社長直轄部門として、既存の指揮命令系統からは治外法権にすることが重要です。
また、社内から最も優秀な人材を登用することと、クリエイターあるいはコンサルタントなどの外部人材を活用することもポイントになります。
社内の優秀な人材とは、既存の枠組みの中で改善を行うことで成果を上げてきた人が多いため、イノベーションを起こすためには外部エンジンが不可欠だからです。
今後、経営者がイメージ価値を創出しブランドで勝負をしていくと決めたなら、経営に必要なスキルは、未来を予測する能力ではありません。
「こういう未来をつくる」という意思を持つことが重要です。顧客の心理を読むのではなく顧客の共感を得ることが、選ばれる企業の必須の条件になるはずです。
そのためには、まず経営者が「これをしたい」という強い意思を持つことが必要で、この意思がイメージ価値に繋がる源になるのです。
経営の先行きが読めず不安があるならば、体力が十分にあるうちに、先ずはコーポレートブランド確立に注力する決断をしてはいかがでしょうか。