他社の成功事例を真似しても上手くいかない本当の理由とは

経営脳のトレーニング
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誰でも求めたがる「確実で効果がある経営手法」は存在するのか?

どうすれば業績を上げるかについて、会社の経営に携わっている人であれば誰でも知りたいと思っているはずです。

だからこそ、ビジネス書のPR文もコンサルタントの売り言葉も、「この経営手法を導入した企業の90%以上が1年後の売上が5割増しになった」とか「このメソッドを取り入れた企業と取り入れなかった企業を比較すると、3年後の利益に平均して40%も違いが出た」というようになるのです。

また、「〇〇経済研究所」のような組織が出す報告書や『〇〇ビジネス』といったビジネス誌の記事では、ベンチマーク調査といって、業界のトップ企業やそれを追走するライバル企業がどういう経営戦略をとって高い業績を上げているかを分析することがよくあります。

これらはいずれも、ある経営戦略や経営手法の成果を測定して、その結果に基づいて他社が模倣すべき効果が「ある」か「ない」かを親切に教えてくれていることになります。

こういう話は、言葉だけで語られることは少なく、多くの場合は詳細なデータとともに提示されているので、とても説得力があるように感じられます。

でも、「なるほど、こういうやり方で好業績を上げている会社があるんだと」と理屈のうえでは納得しても、直感としては「果たして本当なんだろうか」と鵜呑みに出来ない気持ちを持ったことがあるはずです。

そういう場合、「イイ話を聞いた」で終わって、実際に自分の会社の経営には導入しないことになります。

実は、多くの方が抱くこの直感は間違っていない可能性が大いにあります。

好業績を上げている企業の経営者は、自分自身でなぜ成功したのか、その要因について明快に語ります。

〇〇という商品を開発したことが成功の原因です。

従来の営業のやり方を思い切って変えてみたら、一気に売れるようになりました。

新たに〇〇事業に進出したことが転機となりました。

実際に起きたことを語っているので、決してそこに嘘はないのですが、社長の言葉を額面通りに受け取るわけにはいかないのです。

その会社にとって、そして場合によっては他社にとっても意味のあることは「商品の開発」でも「営業のやり方」でも「新規事業への進出」でもないことがほとんどだからです。

戦略よりも重要なその戦略を採用した理由-内生性の問題・モデレーティング効果

なぜこのように、本人は真剣そのもので語っている成功をもたらした経営手法が的外れになるのでしょうか。

その理由は、隠された意思決定が存在し、そちらの方がより重要だからです。

「〇〇という商品を開発するかどうか」は、それ自体が戦略的な意思決定ですから、そこには、その意思決定に影響を及ぼす別の要因が必ずあるはずです。

同様に、「従来の営業のやり方を変えるかどうか」も「新たに〇〇事業に進出するかどうか」も、それ自体が戦略的な意思決定ですから、そこには、その意思決定に影響を及ぼす別の要因が必ずあるのです。

重要なことは、そもそも「なぜその方針を選択したのか」という点に注目することです。

たとえば、〇〇という商品を開発したのは、ある特別な技術力を持っていることが前提になっていることがあります。

同様に、営業のやり方を変えたのは、元々営業マンの意欲の高いとか、社長自身がトップ営業マンで現場の反発を押し切れる自信があったという要因があったかもしれません。

また、新規事業へ進出できたのは、借入に頼らずに投資に回せる手元資金の潤沢さという要因があったかもしれません。

つまり、本来こうした因果関係の構造全体をとらえるための重要な出発点は、「新商品開発」という戦略ではなく「独自の技術力」であり、「営業手法の刷新」という戦略ではなく「優れた営業マンの資質」であり、「新規事業への進出」という戦略ではなく「資金力」なのです。

これが問題の本質です。これを計量経済学において「内生性の問題」と呼んでいます。

内生性の問題は、Aという変数はBという変数によって効果が変わるという話ですが、さらにもう一つの変数Cが、BのAの変化にもたらす効果を左右することがあります。

たとえば、「新商品開発」のためには「独自の技術力」という要因が重要で、さらに「知的資産」というもう一つの要因が多いほど、成功する「新商品開発」に結びついているという構図が考えられます。

このような「ある事象の、別の事象への効果は、さらに別の要因によって左右される」ことをモデレーティング効果と言います。

成功事例を鵜呑みにせずにその裏を読むことが大切だ

ここで、冒頭の話に戻ります。

「この経営手法を導入した企業の90%以上が1年後の売上が5割増しになった」というビジネス書を読んだとき。

「このメソッドを取り入れた企業と取り入れなかった企業を比較すると、3年後の利益に平均して40%も違いが出た」というコンサルタントの話を聞いたとき。

私たちは、こうした主張を鵜呑みにすべきでしょうか。

答は、もちろんノーです。

また、「業界トップA社の好業績を生み出す3つの秘訣」というビジネス誌のベンチマーク記事を見かけることがよくあります。

でも読んでみたところ、「そもそも、あんな戦略を実行に移せることが自体が羨ましくて、うちの会社の参考にはならない」という感想を持つことがあるはずです。

たまには因果関係の掘り下げが極めて深い記事に出逢うことがありますが、9割以上の話は内生性やモデレーティング効果が考慮されていません。だから、表に出ている戦略よりも業績に貢献しているかもしれないその戦略を選ぶに至ったその企業独自の理由まで知ることはできません。

また、その企業は何か特別な経営資源を持っていて、それがあるからこそ経営効果が上がっている可能性が考えられます。

業績好調な企業の社長が、自社の成功要因を分析するときにも、ほとんどの場合同じ轍を踏むことになります。

でも、その経営者が悪いわけではありません。ほぼ全員が無意識に陥るワナなので、仕方ありません。

ただし、自らの意思決定の理由に無自覚であり続けることは、有効な意思決定を連続して行うことを妨げ、最終的には好調の波を逃し没落への道へと急がせることになります。

経営者の方は、ビジネス書や著名な経営者が書いた本を読むときには、字面をそのまま受け取ることなく、キードライバーとなっている本当の要因は何かを考えるクセを着けると、より役立つ学びを得られるはずです。

また、コンサルタントと話をする機会があれば、話の分かりやすさを前面に出して、あまりにも単純化した経営手法を主張する場合は注意が必要です。前提を無意識に2つくらい省いた話をしている可能性が高いです。

単純明快、即断即決は誰でも憧れる経営のあり方ですが、多くの場合、問題はそれほど単純ではないので、「急がば回れ」で腰を落ち着けて深く考えみることが大切なのです。

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