ゼロベース思考・概念フレームワークより実務的にピースミール方式が優れている理由とは

経営脳のトレーニング
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すべてを無にして一から作り直すことを好む日本人的気質

漫画『巨人の星』といえば話中に数々の名シーンがありますが、星一徹がちゃぶ台をひっくり返して星飛雄馬を殴りつけるというエンディングの止め絵をよく覚えています。

このちゃぶ台返しという行為は、日本文化をよく象徴しています。

「ご破算にする」「水に流す」という言葉があるように、これまでのことは無かったことにして、振り出しに戻り一からやり直すことが、日本文化として好まれていることは否めません。

政治の世界に目を向けると、もう20年以上前ですが、2001年に「自民党をぶっ壊す!」というスローガンを打ち出した小泉純一郎氏が人気を博し総選挙で圧勝しました。

また、2008年の大阪府知事選選挙で、橋下徹氏は府庁改革のために府庁解体を行うことを指して、まさに「ちゃぶ台をひっくり返す」と発言しました。

このように政治の世界では、きわめて閉塞的な状況になると、どこからともなく博打打ちが登場して、一か八かの大勝負を始めるという流れが、これまで何回も繰り返されています。

さらに政治の世界に限らず、経済活動や企業活動においても改革、変革という言葉は、打ち出の小槌よろしく問題解決のための特効薬のように使われています。

だから、ちょっとした壁にぶち当たったとき、私たちはややもすると根本的変革を求め、「小手先の手直しではどうしようもない」という重々しい宣言を軽々しく口にしたがります。

たしかに、中途半端な手直しをおこなうことが、余計なオーバーヘッドを増やすことになり、結果的に効率の観点からは望ましくなくなる可能性はあります。

しかし、現実的には問題を構成するすべての要素がダメということは、ほとんどありません。ちゃんと機能している部分とガタがきている部分があるので、その切り分けを適切に行って、ダメな部分については早急な改善を施すけれど、機能している部分についてはとりあえず手を付ける必要はないはずです。

百歩譲って、最終的なやり方としてゼロベースで白紙に戻すことはあるとしても、前段としてちゃんと機能している部分と機能不全を起こしている部分をきちんと切り分ける作業は必要でしょう。

そうしなければ、どんなに大がかりに一からやり直しをしたとしても、同じ轍を踏むリスクを高い可能性を抱えたままになります。

ゼロベースで作り直す方法のメリットとデメリットとは

英国の哲学者カール・ポパーが『歴史の貧困』の中で、マルクス主義を批判した論旨は、まさにご破算的手法への疑問でした。

ポパーは、マルクス主義を社会全体の改造を目指すユートピア的技術とし、漸次的に社会を改良する漸次的技術(ピースミール・エンジニアリング)を対置し、マルクス主義を批判するポパーは、漸次的技術をよしとする立場をとっていました。

私たちの日常の生活においても、使えるものは使い延ばし、消耗部品の交換で直せるところをアッセンブリーに新品に交換することは控えることが、もったいない精神の実践につながるだけではなく、結果的に経済合理性も高いと多くの人は考えています。

極端な話ですが、医者に行ったら肝臓が悪いと診断されて、「肝臓の治療するより、生まれ変わった方がいいですよ」と医者に言われて納得する人はいないでしょう。

でも最近の風潮として、単純にオール・オア・ナッシングで経営全般に限らず制度やシステムなどを評価しがちです。

単に青写真だけを描くなら、一見大変そうに見える変革的アプローチの方が実は簡単です。

なぜなら、ビースミール工学的に取り組むと、先ずどこが機能していて、どこが機能していなかを定量的に判断するという面倒な仕事が発生するからです。

でも、グランドデザインを描くだけではなく、その遂行をする段階になるとご破算的手法は暗礁に乗り上げやすく、結局スピードとコストの両面でピースミール工学的手法のパフォーマンスの高さが証明されることが多いのです

加えて、組織やシステムを構成している一人ひとりの人間にとって、過去を全否定されてスクラップ&ビルドしようというユートピア的手法は、モチベーションを著しく下げる原因になります。

ここにも、ご破算的取り組みの現実的な大きな障害があるのです。

会計の世界でのピースミール方式と概念フレームワークとは

しかし、会計の世界では、ピースミール方式に対して概念フレームワークの必要性が説かれることが最近多いようです。

会計の世界におけるピースミール方式とは、問題が発生した都度、それに対処して個別に基準を制定していくやり方です。

一方、概念フレームワークとは、先に会計基準における憲法のような理論的かつ包括的な指針を制定して、個別の判断が必要になった場合は、そのフレームワークを参照して細部の基準を決めていくという方法です。

都度会計基準を決めるピースミール方式が長らく主流でしたが、ピースミール方式のデメリットが大きくなったため、最近になって概念フレームワークの必要性が主張されるようになったという流れがあります。

その背景には、環境変化のスピードが加速度的に上がり、これまでの会計基準が通用しない事案が頻発する中で、新たなルール設定を迅速に行わうためにピースミール方式を採用してきたが、個々の基準間で不整合が生じる事態となり、その調整のために余計な手間が生じて迅速性が損なわれるようになったという状況があります。

それならば、概念フレームワークを制定し、それを参照して個別の会計基準を決ることで、不整合の発生を防ぎ、トータルでの整合性と迅速性を担保しようという考え方が主流になりつつあるようです。

考え方として筋は通っていますが、概念フレームワークを制定するにあたり既存の会計基準のうち概念フレームワークに合致するものとそうでないものを切り分けて、合致しない場合は、ピースミール的に個別に合致するように変更をしていく必要があるため、まったく新しい分野の会計基準をつくる場合には優れた方法かもしれませんが、既存の会計基準を整理して体系化しようとする場合は想像以上に手間がかかる可能性が高いでしょう。

ピースミール方式により変化をすることに実務的に分がある企業経営

話を企業経営に戻すと、同じく変化のスピードが加速し続ける現代の経営環境においては、変化に取り残されることは企業の死を意味します。だからこそ、経営者は素早く変化をすることを望みます。

ただし、素早く変化するためにピースミール的手法を採用する経営者ばかりではなく、むしろ細々とした手続きを嫌い、一気にゼロベースでつくり直してしまえと考えたくなる経営者も多いのです。

しかし、社会を一気によくしようとする試みは必ず失敗することを歴史が教えています。少数の主人と多数の従順な奴隷たちに二極化して、反抗する人間を片端から粛清できるシステムを用意しなければ、社会を一気によくすることはできないからです。

企業経営においても同じことが言えます。

壮大な大義を掲げて、その実現のためには改革、革新、ブレークスルー、パラダイムシフトが必要だと主張して、一から企業を立て直す意気込みを語る経営者がいます。

また、専門家の中にも「2ヶ月で驚きの体に!結果にコミットする」というR社の肉体改造プログラムよろしく、短期間で企業の大変革ができますと社長の耳元でささやく方がいます。

マスメディアもこぞって変革や改革というスキームをもて囃したがるし、私たち日本人は「ご破算を願いましては」が好きな民族性を持っていますが、ぼちぼち進めるという地味なやり方に目を向けることを実務家としては忘れてはなりません。

目前の問題が10年かけて生み出されてきたものだとするならば、その解決のためには同じだけの時間をかけて取り組む覚悟がなければ、出来ることは問題点の隠蔽か先送りしかありません。

本当の意味で企業を変容(トランスフォーメーション)させるためには、それだけの覚悟が必要であることを肝に銘じたいと思います。

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