トップ企業のみが採用できるコストリーダーシップ戦略
戦略と言っても、人事戦略、財務戦略など様々な戦略があります。
その中で競争戦略場合、マイケル・ポーターが提唱した戦略論を基本としていることがほとんどです。
ポーターの戦略論を簡単にまとめると、競争のための戦略にはコスト・リーダーシップ戦略と差別化戦略の2つがあるという話です。
コスト・リーダーシップ戦略とは、商品のコストを競合他社よりも圧倒的に引き下げる仕組みをつくり、低価格販売をすることで優位なポジションを確保することです。
ちなみに、利益が縮小することを覚悟で価格だけを下げるのは単なる安売りで、コスト・リーダーシップ戦略とはいいません。
つまり、コスト・リーダーシップ戦略は特定の業界や特定の市場のトップが採用して初めて意味をなす戦略なので、その他多くの企業は必然的に差別化戦略を採用せざるを得ません。
差別化戦略を実現する2つの方法 顧客の価値&自分たちの強み
差別化戦略とは、商品やサービス、あるいはそれらを提供する自分たち自身の差異性をアピールすることです。
さらに、差別化の方法は2種類あります。
一つ目は、顧客の価値で差別化すること。二つ目は、一つ目と正反対に自分たちの強みで差別化することです。
差別化戦略で最初に出てくるキーワードは、他社とは明確に異なる優位点(USP:ユニーク・セリング・プロポジション)です。
USPをキーワードとした差別化は、顧客の価値で差別化をするタイプに属します。
このUSPを意識した差別化は、最初の頃こそ競合他社との差別の「棲み分け」が比較的容易でしたが、各社とも差別化にしのぎを削るうちに、どこでも似たような差別化に陥るようになり、だんだんと差別化の革新幅が小さくなっていきました。
その結果、1980年代以降は、ポジショニングに競争戦略の力点が移っていきました。
ポジショニングとは、市場を顧客の属性で分割(セグメント化)し、狙うべき(ターゲット)顧客に自社の商品やサービスを、どのように認知してもらうかということです。
そして、絞り込みを行うことで、特定の顧客層に自分たちの優位性を示し、そのターゲット・セグメントを一気に刈り取るという手法が好まれるようになったのです。
ところが、最近ではこれ以上顧客属性を細分化していくと、もう個人単位になってしまうという世界も出てきています。
1990年代以降、セグメント・ワン(顧客一人)とかワン・ツー・ワン・マーケティングという概念が出てきて、成果目標が市場シェアから顧客シェアへ変わっていた背景には、市場細分化が行き過ぎた状況があったわけです。
もちろんビジネスの種類よっては、それはそれで一つの有効な差別化戦略にはなっています。
ただし、セグメント・ワンの発想は、先ほど述べた差別化の2つのタイプ(顧客の価値観と自社の強み)のうち、明らかに顧客の価値観によって差別化を図る試みが高じた結果です。
では、もう一つのタイプである自社の強みによる差別化の可能性はどうなっているでしょうか。
差別化が達成出来ても長続きしない理由とは
どの市場にも成長企業と停滞企業が存在しますが、その違いは差別化の程度によることが通例です。
しかし、ある差別化かずっと効力を発揮することはなく、時間とともに力を失う傾向があります。
その理由は、競合他社の仕掛けが及ぼす市場環境の変化というより、内部的なものであることが多いのです。
つまり、差別化を成功させることによって成長すると、その結果としてビジネスに複雑性が生じます。そして、複雑性に支配された企業は、自社が何を得意とするか忘れてしまうのです。
製品の数が急激に増加したり、M&Aによって当初の中核事業から遠のいていく。社員数が増加することで、最前線の社員と社長との距離がどんどん広がっていく。
このような現象が生じることで、組織は複雑性を増し、自社の価値源泉である優先事項を意識することができなくなっていくのです。
優れた企業の中には、差別化の効果が低下していること、そしてその原因が組織にはびこる複雑性であることに気付くところがあります。
すると、自社のビジネスモデル全体を迅速かつ劇的に再構築しなければならない。さもなければ、破壊的イノベーションを遂行する新興企業に打ち負かされてしまうと考えます。
でもほとんどの場合、最初に手を着けるべきことは、ビジネスモデルの再構築ではありません。
持続的に繁栄を維持している企業を見ていると、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返すことで、経営を再構築しているわけではないことが分かるはずです。
むしろ、自社の礎(いしずえ)を成す差別化要因をたえず強化することで、強みから強みへ渡り歩いているのです。
このような企業は、最前線にいる社員の日々の活動において差別化を実現できるようになり、自社の優位性の強化に日々専念する組織を生み出しています。
その結果、社長室の壁に額縁に入れて飾られている企業理念の中でしか差別化が実現できていない凡百の競合他社が、日々持ち込まれる「いま旬な経営革新のアイデア」に飛びついているときに、自社の強みの本質にあらゆるリソースを集中させることに成功しているのです。
分かっているようで分かっていない自社の差別化要因
コンサルティングの初期段階で、顧客企業の経営陣や部長クラスの管理職に対して、「最も差別化され、なおかつ最も重要な自社の経営資源と組織的能力(ケイパビリティ)は何か」という質問を個別にすると、驚くほど意見が一致しないことが多いものです。
それにも関わらず、質問に答えたトップ・マネジメントのほぼ全員が、自社が大きく差別化されていると考えています。
この原因は、経営陣の大半が、自社の差別化を構成する価値源泉についての議論や測定を行うことに時間をほとんど割いていないことにあります。
自社の差別化の源泉として何が最も強力であるかについての合意が形成されていないという明確性の欠如は、組織全体に悪影響を及ぼしています。
したがって、差別化要因を明確化し、それをどこに適用することができるのか、そして、それをどのように発展させるべきかについて理解と合意を企業内に形成することが、継続して価値を生み出す企業経営に不可欠なのです。
それでは、差別化要因=強みを理解するために、どのようなアプローチをとればよいのでしょうか。
たとえば、会社の歴史や仕事の歴史を紐解き組織で共有するという方法をとることがあります。
歴史というと、社史や年表のようなものを作ることをイメージするかもしれませんが、歴史を共有するということは過去に起こった出来事に焦点を当てるのではなく、その背景にある思いを共有するということです。
具体的には、実際に起こった仕事上のエピソードを集めることをします。
ただし、人間には「経験する自分」と「記憶する自分」という2つが存在し、これらは必ずしも一致しないという認知上のバイアスがあるので、何を記憶しているかだけに留まらず、実際に何を経験したかについて意図的に配慮する必要があります。
将来に向けては、組織として仕事上のエピソードを発生時点で叙述的に記録しておくことを勧めます。
また、過去に行った複数の投資案件の成功度を評価して、共通点を特定するという方法をとることもあります。
この場合でも、ある事業が競合他社と真に差別化しているものは何かをめぐる議論は、現在のデータよりも過去の信念に基づいて行われることが多いことに注意が必要です。
そのために、独自性・明確性・比較可能性・顧客提供価値との関連性・差別化要因の相補性などの具体的な基準を用いて検討を加えることにしています。
でも実際にやってみると分かりますが、こうした基準を用いて、自社の差別化要因について合意に達することは、口で言うほど簡単なことではありません。
だからこそ、多くの企業でこの取り組みが等閑にされているのであり、裏を返せば、困難であればあるほど、それを実行する価値は大きいのです。
大半の企業はこの段階で脱落してしまいます。しかし、大きな成功を収めている企業は、間違いなくこの壁を突破しているのです。
不変の強みを活かすことで可能になる持続的な成長
成長のための最善策は、ビジネスモデルを完全に刷新することではなく、自社の不変の強みを新たな文脈(コンテキスト)において再現することです。
具体的には、新たな製品やサービス、新たな顧客セグメント、新たな地域、新たな関連事業の4つの方法があります。
たとえば、従来の実店舗販売からeコマースの活用して新たな顧客セグメントや新たな地域へ展開する場合でも、自社の差別化の源泉を適切に認識できていれば、変えてよい部分と変えてはならない部分の切り分けが容易にできます。
そのため、イノベーションを起こすべき部分に、経営資源をより的確に集中させることで成功の確率が高まります。
このように、自社の不変の強みを組織全体で明確にし共有していると、破壊的イノベーションに対しても、現在のビジネスモデルの一部に影響が出るだけでリモデルが容易です。
なぜなら、新たなビジネスモデルを前にしても、差別化の源泉を組織の誰もが理解し実際の行動に落とし込むことができるために、最初の成功へと導いた差別化を維持することができるからです。
そのためには、クラウン・ジュエル(最も価値のあるもの)として差別化要因を明確にすることに加え、柔軟性と機敏性のある組織の存在が必要になります。
そこで登場するのが譲れないこだわりです。
譲れないこだわりは再現可能性の中核的要素であり、組織全員が共通の認識を持つだけではなく、行動レベルに落とし込むことを可能とする方法です。
譲れないこだわりとは、その企業の差別化をすべての社員が理解し、共感し、トレードオフや意思決定を行う場合の基準点にするために翻訳された短いセンテンスという形をとります。
たとえば、飲食店を考えてみてください。
創業者が国会議員になった外食チェーン店W社では、「一人でも多くのお客様にあらゆる出会いとふれあいの場と安らぎの空間を提供すること」を外食事業の理念として唱っています。
果たして、これが譲れないこだわりと言えるのかどうかが先ず疑問ですし、この理念が現場に落とし込まれているとも到底思えません。ただし、「空間の提供」を掲げているだけで、最高の料理の提供についてはひと言も触れていないので、W社の店は料理で勝負しようと考えていないことは分かります。
その代わりに、「一人でも多くのお客様」にサービスを提供したいのだから、新規出店、大規模店舗、回転率の向上などには全社で熱心に取り組む可能性が高いはずです。
例が悪かったので、どちらかというと自社の差別化要因を明確にするという第一段階で躓いている事例になってしまいました。
もう一つスターバックスコーヒーを例に取り上げます。
ご存じの方が多いと思いますが、スターバックスは「フェア・トレード(倫理的な取引)」を標榜しています。
一杯のコーヒーは私たちに幸せな気分をもたらしてくれます。そのコーヒー豆を育ててくれるのが世界中のコーヒー生産者。スターバックスはこれまで40年以上の年月にわたってコーヒー生産者との持続的な関係を築いてきました。
環境・社会・経済・品質などのあらゆる面で責任を持って育てられ、倫理的に取引されたコーヒー豆を買い付けること、また、コーヒー生産地の人々の暮らしやより良いコーヒー豆の栽培を支援することは、持続的に高品質のコーヒー豆を皆さまにお届けすることにつながります。
そして、気候変動の影響を軽減し、コーヒー生産者のより良い未来を育むことにつながると信じています。
スターバックスコーヒーのサイトには、上記のように書かれています。
単にコーヒーを早く安く提供するのではなく、高品質で美味いコーヒーを持続的に提供するために、適正な方法と価格でコーヒー豆を仕入れ、適正な価格で販売することを譲れないこだわりとしていることになります。
だから、スタバのバリスタは、コーヒーショップの店員というアイデンティティ以上に、世界のコーヒー豆の生産と消費サイクルを適正かつ持続的に回す活動の一端を担っているという意識を持っているはずです。
譲れないこだわりにより、共有された視点、中核的理念、そして共通言語は、社員一人ひとりのコミニュケーション能力を向上させ、自己組織化を促し、階層や情報伝達経路の短縮を可能にします。
これらは全て、事業のスピードの向上をもたらし、競合他社よりも先におおくの成長機会をとらえ、同じ期間でより質と量の両面に渡って成果をあげることができるようになります。
組織の学習能力・柔軟性・俊敏性を高めることで差別化を蘇らせる
譲れないこだわりに支えられた明確な差別化によって、しばらくの間は競争優位を確立することは可能です。
しかし、企業が持続的に成功するためには、外部環境の変化に合わせて、新たな状況を素早く把握し、それに対応することが求められます。
そのためには、組織を構成するメンバー全員が迅速な学習と適応によって差別化を支えると同時に、組織自体も迅速かつ柔軟にビジネスモデルのリモデルに適応することが極めて重要です。
動きが遅く複雑すぎる組織は、企業の成長と収益性を確実に蝕んでいきます。
経営の現場において現実的な課題は、成長機会がないことではなく、複雑さがもたらす組織の構成員および組織自体の適応力の低下にあります。
一度は強固な差別化を達成したイーストマン・コダックやソニーなどがその後凋落した原因は、競合他社が破壊的イノベーションで不意打ちをかけてきたのではなく、自らが学習を怠り市場の変化について行けなかったからです。
高度な差別化を柱として構築する強みベースの経営は、顧客に対してだけではなく組織内部、すなわち競合他社よりも素早く動いて迅速かつ柔軟に適応しなければならない最前線の社員にとっても利点があるのです。
なぜなら、組織の全構成員が、自社の差別化の源泉を深く理解していると、同じ方向へ俊敏に舵を切り、その過程でビジネスモデルを学習しながら改善することができるからです。
事業を変革していくときには、先ず自社の「譲れないこだわり」を洗い直すことで、ビジネスモデルは変化しても継続して差別化の源泉となる強みを明らかにすることから着手して、その後、事業戦略とビジネスモデルの見直しを行うべきでしょう。
さらに、継続して譲れないこだわりを中核とした自己変革を可能とするべく、学習能力を上げ、変化に対して高い敏捷性と柔軟性を持つ人と組織づくりへの取り組みを行います。
重要なのは、コンテンツ以上にこの順番(シーケンス)です。
自社の現在の差別化要因は何なのか。そして、それは絶対に譲れないこだわりとして時代に流されることなく堅持すべきところまで掘り下げられているものなのか。
そして、譲れないこだわりを新たなビジネスモデルに迅速に再現する組織の能力があるのか。
これを機会に、一度考えてみてはいかがでしょうか。