創業100年を超える長寿企業が世界一多い日本
日本には長い歴史をもった長寿企業がたくさんあることは、よく知られた事実です。
そこで、日本の長寿企業に関わる事実をいくつかあげてみます。
- 世界で一番古い企業は金剛組で578年創業である。
- 世界最古の企業トップ3はすべて日本企業である。
- 創業100年以上の日本企業は3万3259社*で世界最多である。(*2019年帝国データバンク発表)
こうした事実を知ると「日本が歴史と伝統がある国であることが、企業の寿命の長さの面からも証明された」と単純に喜ぶ人がおおい。これも事実です。
長寿企業と老舗という言葉の定義について
ここで、言葉に関わることに少し触れておきます。
歴史の長い企業なり商店を言い表す言葉としては、老舗(しにせ)がおおくの人にとってなじみ深いはずです。
しかし、老舗という言葉は定義がきわめて曖昧(あいまい)です。
京都では「百年しか歴史がへん御店(おたな)んことを老舗とは言おりません」となる一方で、マスメディアでは創業10年を過ぎたIT企業のことを老舗と書いています。
だから、ここでは老舗という言葉は使わず、長寿企業という表現を採用する次第です。
一般的に共有されている日本に長寿企業が多い理由とは
日本に長寿企業が多い理由についてたくさん本やレポートが出されています。
そうした文献が指し示す「日本に長寿企業が多い理由」を表すキーワードを列記してみます。
- 不易流行
- 先義後利
- 三方よし
- 身の丈経営
- 家訓
- ファミリー経営
不易流行:松尾芭蕉の俳句理念の一つですが、いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくことの大切さを表している。おおくの長寿企業の経営者が口にする言葉。
先義後利:大丸の業祖・下村彦右衛門は「先義而後利者栄」を事業の根本理念として定めました。この言葉は中国の儒学の祖の一人、荀子の栄辱編の中にある「義を先にして利を後にする者は栄える」から引用したものです。
三方よし:近江商人の伝統的精神。売り手・買い手・世間の三方が「よし」となることが商売の王道であるとの考え方。現代のWin-Win(売り手と買い手の二方よし)のさらに上をいく理念。
それぞれの言葉とそれが意味する内容を見る限り、素晴らしい理念です。
長寿企業が多い原因分析に悪影響を及ぼしている3つのバイアス
しかし、日本に長寿企業が多い理由は前段であげたようなことなのでしょうか。
長寿企業が大切にしているキーワードに是非はありませんが、長寿企業という対象の把握と理解のプロセスが複数のバイアスによって歪められていることに気づいていません。
具体的には、つぎの3つのバイアスが存在すると考えられます。
- 相関関係と因果関係の混同
- 木を見て森を見ず
- ハロー効果
以下、各バイアスについて順番に説明を加えていきます。
相関関係と因果関係の混同
人はものごとに因果関係を見出そうとする傾向があります。
だが残念ながら、それは単にある結果に対する原因を自分ででっち上げていることがほとんどなのです。
おおくの場合、偶然の結果である相関性に因果関係があると決めつけています。
聡明なる読者にとっては釈迦に説法でしょうが、XがYを引き起こすという因果関係を主張するためには、3つの条件を満たす必要があります。
1つめは、Yの前には必ずXが起きなければいけないということです。
2つめは、XとYはそれぞれ2つかそれ以上の側面があり、XとYは関数の関係でなければならないということです。
たとえば、「喫煙が肺癌を引き起こす」という主張では、喫煙をしない場合と比べて、喫煙がどのように肺癌発症の可能性に影響を与えるか示されなければなりません。
3つめは、XがYを引き起こすとき、XとYの両方を引き起こす要因Zがあってはならないということです。
たとえば、ジャンクフードを食べ過ぎることと肥満になることは互いに関係があるかもしれません。しかし、貧しい生活状況がジャンクフードと肥満の問題を引き起こす要因になっているかもしれないのです。
長寿企業について言えば、優れた家訓がありそれに従ってきたから長寿企業になった、という因果関係を語ることが多いのですが、単に相関関係が高いに過ぎないのではないかと考えます。
木を見て森を見ず
人は複雑なシステムを観察するときに、ある間違いを犯しがちです。
それは、心理学者が還元主義的先入観と呼ぶ「実際よりも簡単であるかのように解釈してしまう傾向」に陥ることです。
つまり、人は複雑で一筋縄ではいかないシステムにおいて決断を迫られたとき、複雑な問題をよく考えずにシンプルに片づけてしまおうとするのです。
100年以上に渡って企業が生き延びているという現象を、すべての企業に共通する単純なシステムの存在によって説明することは、どう考えてもできないはずです。
長寿企業という現象は、複雑適応系として定義されるべきものです。
たとえば、さまざまな物質からなるグループが存在するとします。
この物質は、脳細胞でもいいし、巣の中のハチ、市場にいる投資家、または街に住む人々でも構いません。
それぞれの物質は、その環境の中で変化を予測し、個別に発展する自由意思を持っています。
つぎに、これらの物質は互いに関係性を持ち、相互作用を通じて構造をつくります。これを指して、科学では創発と呼んでいます。
最後に、創発する構造はより高いレベルのシステムとして作用し、そのシステム自体はそれを構成する物質とは異なった特質を持つのです。
蟻の群生を理解したいのなら、蟻に尋ねるべきではありません。彼らは何が起こっているか知らないのです。それよりも、巣全体を研究すべきです。
ハロー効果
コロンビア大学の心理学者エドワード・ゾーンダイクが命名した心理現象の一つである「ハロー効果」は、平均回帰性(参照:Wikipedia「平均への回帰」)と深い関係があり、経営に関する研究が陥りがちな致命的な過ちの原因になっています。
ハロー効果は、一般的な印象にもとづいて特定のことを結論づけてしまうような人間の傾向のことを指します。
長寿企業を見ると、その原因にいろいろな属性や性質を当てはめ、他の企業も成功するためにそのような属性を備えるべきだと推奨する傾向にあります。
たとえば、ある企業がよい業績をあげていると、マスメディアは「斬新な戦略、明確なビジョンを持つリーダー、意欲の高い社員、貫かれた顧客第一志向、革新的な企業文化・・・」と称賛します。
しかし、その企業の業績が悪化する(=平均に回帰する)と、傍観者たちは、各属性におけるパフォーマンスが悪化したからだと結論づけますが、現実にはそのようなことは何も起きていないことが多いのです。
たいていの場合、同じ経営陣が同じ戦略で同じ経営を行っているのですが、平均回帰性が業績を形成し、それがやがて企業にに対する認識に影響を与えるのです。
「長年に渡り存続し続けている企業だから、優れた特質を持っているに違いない」というハロー効果から、長寿企業への関心が高まっているという構造を見逃してはいけません。
実際のところ、長寿企業にとって不都合な事実は、意図的に切り捨てられています。
- 世界最古の企業である金剛組は、実のところ2006年に倒産しており、現在の金剛組はスポンサー企業が出資した新設会社である。
- 2014年の全倒産件数に占める業歴30年以上の企業の割合は30%以上もある。
- 日本酒メーカーの倒産は、2002年から2011年の10年間で74社発生し、そのうち7割以上を業歴100年超の老舗企業が占めた。
- ファミリービジネス大賞の2010年第3回受賞企業である株式会社林原が、その翌年の2011年に会社更生法の適用申請を行った。
このような長寿企業にとって不都合な真実は、ほかにもたくさんあります。
つまり、現状を冷静に見れば、長寿企業の方が倒産リスクが高い可能性があるのです。
長寿であるという事実をもって経営手腕を評価しがちですが、企業の業績において運が果たしている役割を軽んじてはいけません。
長寿企業が存在する本当の理由(仮説)
『千年、働いてきました-老舗企業大国ニッポン』や『千年企業の大逆転』といった本を執筆している野村進氏が、文藝春秋社のサイトで、このテーマについての私見を述べています。
取材中、世界各国の老舗を調べていて、僕はある原則に気づいた。それは、植民地支配を含む侵略や内戦にみまわれた期間が長ければ長いほど、老舗は残らないという共通項である。
考えてみると、日本は歴史上一度も、長期にわたる侵略をこうむったこともなければ、国土全体を戦場として同じ民族どうしが血で血を洗う内戦をくりひろげたこともない。これは世界でも珍しく、とりわけ植民地支配や内戦に長らく苦しめられたアジアでは、まことに稀有な例である。老舗をめぐる朝鮮半島や中国、インドの現状は、それを物語って余りあろう(むろん、朝鮮半島と中国に、日本の侵略や植民地支配が影を落とした事実を認めたうえで言うのだが)。
さらに、農民出身の武士が権力の座につき、鋤(すき)や鍬(くわ)をつくった同じ手で刀を打ち、築城に汗を流した経緯から、手仕事やものづくりを尊ぶ気風が自然に広まったとする説もある。対照的に、ほかのアジアの国々では、自らの手を汚す仕事は、身分の低い者のなりわいとおとしめられがちであった。
また、武家にかぎらず商家でも家の存続を何よりも重んじ、そのためには養子の形で他人の血を受け入れることもまったくいとわなかったところが、あくまでも血族間での相続にこだわる他のアジアの国々とは大きく異なっていたと僕はみている。日本では「血族」ではなく「継続」が重んじられてきたと、語呂合わせではないけれど、そう断言できるのである。
こういったさまざまな要因が積み重なって、世界最大の老舗大国が誕生したのではなかろうか。
ノンフィクション作家として、実際に数多くの長寿企業の取材をした野村氏だから語ることができる的を射た考え方ではないかと思います。
実際のところ、『百年続く企業の条件-老舗は変化を恐れない』(帝国データバンク:朝日新聞出版)によれば、創業以来のピンチとなった出来事・事件として、実に34.2%の長寿企業が第二次世界大戦をあげています。
自国の領土に被害が出る戦争が一度でも大ピンチだったのですから、それが頻繁に発生すれば、二度三度と乗り越えていくことは難しいことであり、企業の寿命が終わる可能性が高まることは容易に想像できます。
つまり、経営手法もさることながら、長い歴史の中で、第二次世界大戦まで一度も他国に侵略をされたり植民地支配を受けなかったという外部要因の方が、日本に長寿企業がたくさん存在する理由としては妥当性が高いのではないかという仮説を持つに至っています。
また、血族より継続を重んじて、養子の血を入れることをまったくいとわなかったという日本商家の伝統も、なぜか戦後においては子息・子女に継がせる方針が主流となっています。
その結果、無能な息子が身代を潰したり、血族にこだわるあまり後継者が不在のままという昨今クローズアップされている中小企業の経営課題を生んでいるのです。
長寿企業が災害や政権の交代などのさまざまな変化に対応してきた実績をもって、変化への対応力が高いと評することがありますが、ドックイヤーはたまたマウスイヤーと言われる現代において、かつての10倍、30倍のスピードで変化することが求められています。
はたして、その変化スピードを実現する組織基盤や財務基盤が周到に準備されているでしょうか。
さらには、お上が起こす変化を待つのではなく、自ら変化を起こしていく戦略思考を行う能力が備わっているでしょうか。
誤解がないように申し上げると、結果として長寿である企業を否定する意図はまったくありません。
ただし、長寿企業であるからこそ、この先100年の生存を考えるなら、若い企業以上に過去の延長線上に未来を描くのではなく、現在をゼロ地点として未来を描く必要があるということです。
でも、これこそ「言うは易く行うは難し」でしょう。