独自のカルチャーを持つパタゴニアという会社とブランド
アウトドア・ウェアが好きな人の多くは、米国発祥のpatagonia(パタゴニア)というブランドを知っているでしょう。
1965年創業の同社が、日本に進出したのが1989年で、JR山手線の目白駅の近くに1号店を出店しました。
開店早々の1号店を訪れて、スナップTというプルオーバー型のフリースを買ったことを思い出します。当時フリースの価格は、1万5千円程度でした。
スナップTは今でも販売しているモデルですが、公式ショップで16,200円の値段が付けられているので、30年前はずいぶん高いウェアだったことになります。
フリースは、ユニクロによって今や安物衣料の代表格になってしまいましたが、元々はパタゴニアによって1985年に開発されたウェアであり、当時はフリースよりもシンチラと呼ぶのが通だったことは、知る人ぞ知る話です。
個人的な昔話はともかくとして、契約してるアンバサダー達によってフィールドテストを繰り返したうえで製造されている高品質なアウトドア・ウェアであるという点において、パタゴニアは確固たる地位を築いている企業でありブランドです。アウトドア・ウェア好きで、パタゴニアの名前を知らない人はいません。
アウトドア・ウェアに興味がない人の場合でも、2007年に創業者イヴォン・シェイナードが書いた『社員をサーフィンに行かせよう』という本によって、パタゴニアの存在を知ったかもしれません。
本の標題が表すとおり、イイ波が来ているとき、社員が仕事を中断してサーフィンに行ってもOKな会社がパタゴニアです。
パタゴニアは創業時から、ビジネスのプロを採用していません。熱心にアウトドア・スポーツに取り組んでいて、パタゴニアの商品を実際に使いこなすユーザーであること、仕事と遊び、そして家族と過ごす時間のバランスを大切にすることを採用基準にしています。
夏の期間はパタゴニアで働き、冬は北海道ニセコでスキーパトロールとして働いたり、夏は尾瀬でアルパインガイドをして秋から春の間はパタゴニアで働く、といったスタイルでパタゴニアで働きながら自分のやりたいことをする季節労働者も多くいます。
世の中には、ノースフェイス、ヘリーハンセン、モンベルなどアウトドア・ウェアのブランドがパタゴニア以外にもたくさんあります。でも、信者と呼べるほとの熱心なファンがいるブランドは、パタゴニアを置いて他にありません。
その理由は、商品の性能や品質の良さということだけではなく、パタゴニアというブランドが持っている独自カルチャーや今日に至るまでのこだわりのストーリーが、明確に発信されているからです。
アンチ・パタゴニア(パタゴニア嫌い)が多いのでも有名
ここまでの話を聞くと、いま初めてパタゴニアという名前を知ったとしても、誰からも愛される素晴らしい企業だと思うでしょう。
しかし、「パタゴニア」「嫌い」という2つのキーワードでインターネット検索をすると、世の中には驚くほど多くのパタゴニア嫌いがいることが分かります。
嫌いな理由は、大きく分けて3つあります。
米国と日本の価格差が大きすぎること
一つ目は、米国と日本との価格差が大きいということです。全く同じ商品なのに、ドル建ての本国での価格と円建ての日本との価格差が、60~70%程度あります。
先ほどのスナップTは米国のサイトで99ドルなので、今日のドル円レート103円で円換算すると10,197円になります。日本ではこれを16,200円で売っているので、63%割高ということです。
製造は中国で行っているので、日本への出荷は中国からのドロップシップとなり、逆にアメリカよりも輸送コストは低いはずなのに、大幅に日本での販売価格が高い。
パタゴニアはローカル向けの商品は一切製造しておらず、全世界共通の商品で、しかも日本では卸をしていないので直販のみです。
メルセデス・ベンツやルイ・ヴィトンなどのメジャー・ブランドでも、世界共通価格を導入している現在、この「不当」な価格差が生まれる理由を、日本人を馬鹿にしている結果だと思う人が多いのでしょう。
ちなみにイギリスのパタゴニアの価格は日本よりずっと内外価格差が小さく安いようなので、日本を含むアジア圏だけ、価格を高く設定しているようです。
シーシェパードに資金提供をしていた過去がある
二つ目の理由は、反捕鯨を旗印にする人種差別的テロリスト集団シーシェパードに資金を提供していた過去があることです。
たしかに、LUSHやクイックシルバーなどと並んでパタゴニアも、シーシェパードへの資金支援団体としてリストされていました。
シーシェパードは日本の調査捕鯨の妨害工作をするだけではありません。
東日本大震災では、自らが被災者である住民が被災したシーシェパードのメンバー6人を支援したにも関わらず、代表のポール・ワトソンは「震災は天罰だ」という発言をしているのは有名な話です。
そんなシーシェパードを資金面から支えているパタゴニアを、日本人として疎ましく思う人が多いのは当然でしょう。
ただし、パタゴニアがシーシェパードに資金を提供したのは、1993年と2007年の2回、合計14,000ドルのみで、その後は支援をしていないようです。
米軍に軍服を納入していること
三つ目の理由は、知らない人が多いのですが、米軍に戦闘服や作業服などの軍服を納入していることです。
「patagonia」「military」というキーワードで画像検索をすると、パタゴニアが米軍に納入している軍服がたくさん出てきます。
一方で、パタゴニアのミッション・ステートメントには、次のようなことが書かれています。
- 最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する。
- 長年にわたり売上の1%を草の根環境保護グループに寄付してきました。この1%を寄付するコミットメントは一般的な慈善活動とは異なります。むしろビジネスを営むうえでのコストの一部、つまり私たちが自然におよぼす影響を少しでも相殺する手段であり、パタゴニアのビジネス、社員、お客様が依存する自然界を保護する努力の一環であると考えています。また環境保護に取り組む活動家たちに寄付をつづけながら、金銭的な援助だけでな時間や労力も提供できるということにも気づきました。
- パタゴニアが直面する課題の根底にあるものは、現代社会の成長と消費への傾倒です。
「環境保護」を重要視し「現代社会の成長と消費への傾倒」へ警鐘を鳴らす企業が、人命を奪う軍隊に商品を納入しているのは言動の不一致で偽善者だ、という批判が当然出てくるわけです。
ただし、米軍に服や靴、手袋を納入しているアウトドア・ウェアのメーカーは、パタゴニアだけではありません。OUTDOOR RESEARCH(アウトドアリサーチ)、ARC’TERYX(アークテリクス)、Polartec(ポーラテック)など、いくつもあります。
日本にも高性能なアウトドア・ウェアを提供するメーカーはいくつかありますが、技術力の高い日本メーカーをもってしても、性能の面で米国メーカーを圧倒的に上回ることができていません。
その理由は、ゴアテックスなどの素材メーカーやパタゴニアのようなマニュファクチャラーが、米軍という最先端衣料素材の巨大な消費先を持っているからです。
日本のように、一般消費者向け中心の商品開発しかできない環境と比べると、米国のメーカーは多額の研究開発費を投資できるという違いがあります。
米軍へ軍服を納入しているからパタゴニアを嫌いになるのは自由ですが、お金を稼がなければ、社員に自由な勤務体制を提供したり環境保護のために1%の寄付もできないという、世知辛い現実があるのです。
嫌われるほどの主張がある経営理念・ビジョン
パタゴニアとは、このような「クセ」の強い企業ですが、企業ブランディングの側面からは、どう評価したら良いのでしょうか。
エバンジェリストのような熱心なファンがいる一方で、白人を優遇したような価格政策をとり、イデオロギーが強い団体を支援し、米軍に軍服を納入していることで、ファンと同じかそれ以上のアンチが存在する。
でも、創業者イヴォン・シェイナードにとって、この状況は想定の範囲内というか、意図した結果と言うべきでしょう。
彼は、著書の中で「もし世の中の50%の人に嫌われていないのだったら、差別化の取り組みが甘いのだ」と言っているからです。
パタゴニアの掲げている理念や実際の行動の是非は別として、経営理念やビジョンのあるべき姿を考えるときに、「自分たちを嫌う人がたくさんいて、はじめて意味がある」という視点の置き方は極めて重要です。
形ばかりの経営理念を掲げている企業が多い
昨今、大手企業は当然として中小企業においても、「理念」「ミッション」「バリュー」「ビジョン」などが明文化されて、事務所の壁に掲げられていることが珍しくはありません。
だが、こうした理念やビジョンをつくり、内外に向けて発信した結果、社員の考え方と行動が本当に変わったと満足している経営者は、ほとんどいないはずです。
以下に、3つの著名な大企業が掲げている実際の理念やビジョンを示します。
<経営理念>
地球を舞台に、人々の交流を創造し、平和で心豊かな社会の実現に貢献する。<お客様へ約束すること>
私たちは、地球を舞台に自然、文化、歴史とのふれあいや人々の交流を創造し、お客様に感動と喜び を提供します。
私たちは、お客様と共に歩んできた100年を大切にし、これからも「価値ある出会い」を創造し続けます。
<経営理念>
安心と信頼を基礎に、世界をつなぐ心の翼で夢あふれる未来に貢献します。<経営ビジョン>
お客様満足と価値創造で、世界のリーディングエアライングループを目指します。
<経営理念>
お客様の信頼をあらゆる事業活動の原点におき、「安心と安全」の提供を通じて、豊かで快適な社会生活と経済の発展に貢献します。
- お客様に最大のご満足を頂ける商品・サービスをお届けし、お客様の暮らしと事業の発展に貢献します。
- 収益性・成長性・健全性において世界トップクラスの事業をグローバルに展開し、○○○グループの中核企業として株主の負託に応えます。
- 代理店と心のかよったパートナーとして互いに協力し、研鑽し、相互の発展を図ります。
- 社員一人ひとりが創造性を発揮できる自由闊達な企業風土を築きます。
- 良き企業市民として、地球環境保護、人権尊重、コンプライアンス、社会貢献等の社会的責任を果たし、広く地域・社会に貢献します。
さて、これらを読んで、具体的な企業名が浮かんだでしょうか。
答は、順番にJTBグループ、全日本空輸(ANA)、東京海上日動火災保険です。
この3社は、来年の文系新卒学生の間で、就職先として人気の高い上位3社です。
でも、企業名が入っていなければ、どの会社か判別は難しく、就活生や顧客に対する強烈なメッセージ性が感じられません。
すべての人に好かれることを目指すとパワーを失う理念とビジョン
いろいろな企業の理念やビジョンを読むと、「お客様第一」「社会貢献」「社員満足」を大切にする内容が漏れなく書いてあります。
でもそれは、どの企業にも求められている当たり前のことを、あらためて言っているに過ぎません。
一流企業にとっては、「どこに出しても恥ずかしくない理念やビジョン」であることの優先順位が高いため、学生にも顧客にも深く響かないありきたりなメッセージにになりがちなのです。
しかし、こうした横並びで特徴に乏しい理念が生まれてくる本当の原因は、「すべてのお客様、すべての社員に受け入れられるもの」という前提にあります。
そう考えると、理念やビジョンをお飾りではなく、真に力をもった言葉にするためには前提を変えなくてはなりません。
- すべてのお客様満足ではなく、熱心なファンになるお客様をつくること
- 単なる社員満足ではなく、好きな社員だけが残ること
パタゴニアのように、50%の人に嫌われるくらい明確な主張が含まれた理念やビジョンを作ってはじめて、経営者以下社員もその主張にコミットメントすることが可能になる。
そして、全員がコミットメントして、はじめて理念やビジョンが実現に向けてパワーを持つのです。
先ずは自社の存在意義を明確にすること
ただし、差別化を明文化する前に、先ずは自社の本当の存在意義をはっきりさせる必要があります。
そのときに、「我が社がなくなったら、なぜ世の中が困るか」とか「我が社が消えたら、なぜ残念がる人がいるか」という問いに対して答を見つけるアプローチをとる必要があります。
内容が万人にとって好ましいにせよ好ましくないにせよ、先ずは基本理念があり、それが社員の行動指針になり活力を与えているかどうか。
「経営理念やビジョンなんて、とっくにあるよ」と思っている経営者の方は、それが世の中の50%の人に嫌われるくらい明確な主張を含んでいるかどうか、あらためて見直してみてはどうでしょう。
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