経営理念が組織に浸透しない本当の理由

競争優位・差別化
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いまどき経営理念を持っている会社は多い

日本の古い商家では大切に守り抜かれている家訓があります。

例えば、戦前の三大財閥と言われていた三井、三菱、住友は十ヶ条ほどの家訓をそれぞれ持っていました。

その後商売が大きくなり、商店が株式会社として組織化されてくると、家訓は社訓とか社是に置き替わるようになりました。

そして現在では、経営理念を持つことが、一端の企業であることの証となっています。

明文化された経営理念を有する企業の割合は、東証一部上場企業が99.05%で、非上場企業では68.97%というデータがあります。※1

また、経営理念が未公開である企業の構成比を社員数別に見ると、5名以下の企業が25.6%と約4分の1に及ぶ一方で、21名以上の企業では7.9%と1割を切る水準になる調査結果があります。※2

このことから、いまや零細企業でない限り、経営理念を整備していることは、企業のミニマムな条件になっている感すらあります。

社内に「浸透」していない「経営理念」

ところが、経営理念が明文化されることと、経営理念が組織内に浸透していることは別問題です。

経営理念が社員に「浸透している」と認識する企業はわずか6%しかなく、「やや浸透している」の36%を合わせても4割強に過ぎません。反対に、「(浸透しているとは)あまり思わない」(40%)、「思わない」(13%)を合わせると50%を超えます。※3

理念の浸透が進んでいない原因として最も多かった答は、「経営層が旗振り役になれていない」が54%で、半数を超えています。※3

ところが、「社員への理念の浸透は必要か」と問われれば、「そう思う」が85%で、「やや思う」の13%と合わせると98%の経営者が、組織内への経営理念の浸透を望んでいます。

と言いながら、「理念浸透のために施策を講じているか」に対しては、「講じている」が31%と3分の1以下で、「やや講じている」の35%と合わせても、全体の3分の2に留まっています。

経営理念に対して主体的に価値を見出して作ったというより、ある意味日本人的な横並び意識が働いて「今どき経営理念くらい作って公式サイトに掲載しておこかないとみっともない」という考え方の経営者が多いということでしょうか。

つまり、経営理念は策定したものの、経営陣自身が浸透に積極的ではなく、お飾りになっている企業が多いのです。

経営理念が企業内に浸透しない理由は心に響かないから

経営理念が社員に浸透すれば、全社員が一致団結して仕事に邁進するのではないかという淡い期待を持っているので、社員研修の主要テーマに位置付けている企業は少なくありません。

このような企業の実態を反映して、世の専門家やコンサルタントが提供する経営理念に関わるサービスにおいて、「策定」に次いで「浸透」が主要なテーマになっています。

しかし、外部のリソースを活用して、経営理念の浸透に取り組んだ結果、企業の頭のてっぺんからつま先に至るまで、経営理念が隅々まで行き渡ったという話を聞いたためしがありません。

採用した外部専門家の腕が悪かったからなのかもしれませんが、本当の原因は、そもそも組織の構成員の心に響かない経営理念は、誰がどんな手を使っても組織に浸透させることは無理だからなのです。

優秀な企業で支配的な「問題解決型」の業務プロセス

多くの企業と言うより、むしろ優秀だとされている企業ほど、目的や目標を掲げ、現状とのギャップを測定し、ゴールまでに横たわる溝を埋めるためには何が必要かを分析し、定義し、計画を立てて実行する日常を送っています。

このような「問題解決型」のプロセスを採用すると、どんな問題であっても「なぜ、この問題を解決する必要があるのか?」という問いを投げ掛け続けることになります。

しかし、この問い掛けを続けていくと、「売上を確保し利益を上げることを阻害するから」という答えにたどり着き、さらに「なぜ売上や利益が必要なのか?」と問い掛け続けると、とどのつまり「会社が倒産してしまうから」という結論に行き着きます。

つまり、問題解決型のスタンスでいる限り、望んでいない結末の実現を避けるために、望ましくないガンを取り除こうとする枠組みを無意識に採用し続けることになります。

内容以前に「なぜその経営理念が必要なのか」という理由

この問題解決型のスタンスで経営理念やビジョンを作り出しても、それが企業内にまたたく間に浸透して求心力を生み出し、組織パフォーマンスが目覚ましく向上することはありえません。

周年事業の一環あるいは経営トップの世代交代に合わせて、経営理念の新規策定や刷新に取り組む企業が数多く存在しますが、「なぜ、経営理念やミッションを創り明文化したいのか」と質問をすると以下のお決まりのパターンが展開されます。

社員一人ひとりがバラバラでまとまりがなく、企業風土が悪いので、同じ目的や目標を共有することで、組織としての一体感を高めていきたい。

では、なぜ同じ目的や目標を共有して、組織としての一体感を高めたいのですか。

さらなる成長を図るために、売上と利益を伸ばしたいからです。

この場合、詰まるところ売上や利益を上げるのが最終目的で、経営理念やビジョンやミッションは、そのための手段に過ぎないことになります。

なぜなら、経営理念やビジョンの策定が、「社内がバラバラで一枚岩ではない」という望ましくない状況を除去するための単なる手段に過ぎず、最終目的は売上や利益を上げるという、これまで通りの枠組みから一歩も踏み出していないからです。

問題処理型から創造型へ経営をシフトするとき不可欠な理念

いろいろな表現があるでしょうが、経営理念を定義するならば「企業の存在意義や使命を、普遍的な形で表した基本的価値観の表明」になります。

それにも関わらず、企業としての存在意義や存在理由であるはずの経営理念が、手段に成り下がってしまっていては、浸透が進むはずがありません。

ラーニング・オーガニゼーションの提唱者であるピーター・センゲ氏は、その著書『学習する組織』の中で、「問題を解決すること」と「創造すること」の根本的な違いを以下のように明快に説明しています。

「創造すること」と「問題を処理すること」の根本的な違いは簡単である。
問題を処理する場合、私たちは「望んでいないこと」を取り除こうとする。
一方、創造する場合は、「本当に大切にしていること」を存続させようとする。
これ以上に根本的な違いはほとんどない。

ピーター・センゲ氏の指摘からわかることは、経営理念とは「価値創造型組織」と一対のものであり、従来通りの「問題解決型組織」のまま、問題を処理する手段として経営理念を振りかざしたところで、そもそもうまく行くはずがないということです。

相応の費用をかけてコピーライターに依頼すれば、どこに出しても恥ずかしくないような素晴らしい経営理念やビジョンを明文化することは出来るでしょうが、結局は絵に描いた餅となり、社員は笛吹けど踊らずという状態に陥るだけです。

問題解決型組織から価値創造型組織へのコペルニクス的転回に本気で取り組むという決意のもとで経営理念の策定に着手しない限り、多くの経営理念は最初から失敗する運命にあります。

つまり、理念による経営とは、「望んでいないこと」を取り除くために理念を手段として利用する経営ではなく、「本当に大切にしていること」である理念をを存続させるための経営なのです。

会議や議論からは産まれない生きた理念やビジョン

価値創造型組織への転換を決意したとしても、「本当に大切にしていること」である理念やビジョンは、会議や議論を通しては決して生み出すことは出来ないことを付け加えておきます。

真の理念やビジョンは、むしろ「対話」を繰り返すことによってしか生み出すことが出来ないからです。

そういう意味では、真の理念やビジョンは、自ずから明らかになるものであって、作り出されるものではありません。

真の理念やビジョンを明らかにするプロセスは、それだけで大きなテーマなので、別の機会に譲るとして、「作り出す」ことと「明らかにする」ことの意味を、より深く知りたければ、夏目漱石の短編集『夢十夜』の『第六夜』を読むことをお勧めします。

▶ 夏目漱石『夢十夜』 青空文庫

この短編の最後の文章、「それで運慶が今日まで生きている理由もほぼ分かった」に、「作り出す」ことと「明らかにする」ことの違いが凝縮されています。

 

最後になりますが、既に明文化された経営理念をお持ちの会社が多いと思いますが、真に理念に基づく経営が行われているか、ぜひセルフチェックしてみてください。

 

もし、以下の問い掛けに「YES!」と力強く即答出来るならば、立派に理念経営が実現されているはずです。

 

現に遂行している事業が経営理念に背いたり、この先経営理念の飽くなき実現が不可能だと判明したとき、自らの手で看板を下ろして会社を畳むことが出来るか?

 

 

※1 澤邉・澤邉ゼミナール「日本企業のマネジメント・コントロール実態調査」(2008年 『メルコ管理会計研究』第1号,P81~93)

※2 「日本の中小企業における経営理念と経営計画の実態と業績に関する実証分析」(商学討究 第65巻1号 P155)

※3 「企業理念浸透に関するアンケート調査」(2003年 HR総研)

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