真の経営課題を把握できていない経営者
一般社団法人日本経営能率協会は、アンケート調査「日本企業の経営課題2020」の中で、現在の経営課題ベスト10として以下のデータを示しています。
この結果に共感している読者の方が多いはずです。
特にベスト3に入っている「収益性向上」「人材の強化」「売り上げ・シェア拡大」は、日頃から経営者が口にすることが多い経営課題「売上」「人」「金」と一致しており、驚きがない順当な調査結果と言えます。
実は、現在どんなことを経営課題として掲げているかを見ると、その企業の将来をある程度占うことができます。
では、この調査結果を見て、多くの企業の未来は明るいと考えてよいかというと、残念ながら、答はNOです。
「収益力の向上」が経営課題ではない理由とは
1位の「収益力の向上」を図ることは、経営において当然のことです。
「当社は儲かり過ぎているから、収益力をこれ以上アップする必要がありません」などと考える経営者はいません。
収益を追求し続けることは、株式会社としてのアプリオリな至上命題なのです。
したがって「収益力の向上」そのものは経営課題にはなりません。
その実現のため具体的に、「何をどのようにするか」が経営課題なのです。
多くの経営者が「収益力の向上」を果たしたいと考える裏には、「デフレ環境でライバル社との競争を続けているため、販売価格が下落する一方で利益が減少している」という現実があります。
この状況を打開するためには、少なくとも次の問いのレベルまでブレイクダウンしないことには、経営課題になりえません。
- 規模の利益を追求するべきか
- 価格競争に耐えうるコスト構造にするか
- 高付加価値商品へシフトするか
- 新規事業に取り組むか
「人材の強化」が経営課題ではない理由
「人材の強化」についても同様で、古今東西すべての経営者が考えていることです。
しかし、自社の現在または将来の戦略やビジネスモデルにおいて必要な「人材」の定義ができていない企業ほど、漠然と「人材の強化」と言って済まそうとします。
自社にとっての「いい人材」を惹き付けるために打つ手は、企業のブランドイメージ向上か、将来ビジョンをストーリーテリングすることか、トップの生き様を発信することか、という具合にブレイクダウンをしていくことが必要で、空念仏を唱えているだけで行動に結び付きません。
それ以前に、長年経営をしていれば、「人材の強化」ほど無いものねだりであることを知っているはずです。
人材について、真剣に考えている経営者は、今いる人材でも高い付加価値を生み出せるビジネスを考えたり、自社の価値を生み出す最も重要な部分(コア・バリュー)のみにプロパー人材を活用し、それ以外の業務についてはアウトソーシングしたりすることを考えるなど、もっと具体的な検討をしているために、決して「人材の強化」という漠然としたことを言いません。
「売り上げ・シェア拡大」が経営課題ではなない理由
「売り上げ・シェア拡大」についても同様です。
経営課題をクリアにしている経営者は、「なぜ売り上げ・シェア拡大が必要なのか?」という問いに答を出した後に、「そのために、どの手段を使うか?」という問いに置き換えることをしています。
その答えとして、ブランド力向上、新製品・新サービス・新事業の開発、エリア戦略、顧客満足度の向上などの手段を検討し、自社が取り組むことを経営課題としています。
「売り上げ・シェア拡大」が経営課題だと思っているだけでは、有効な行動に結び付くことはないでしょう。
「財務体質強化」が経営課題ではない理由
経営課題の8位に「財務体質強化」があがっていますが、自己資本比率を高めたいのか、総資産利益率(ROA)を高めたいのか、キャッシュリッチにしたいのか、財務体質の強化が目指す先は一つではありません。
しかも、財務体質の強弱はビジネスの結果に過ぎないので、財務体質を強化したければ、ビジネス自体をどう変えていくかという次元に落とし込まれている必要があります。
したがって、財務が抱えている課題は、ビジネス上の課題に置き換えない限り、経営課題とはならないのです。
したがって、「収益力の向上」「人材の強化」「売り上げ・シェア拡大」がベスト3になっているということは、経営課題を明確にして、その解決や実現に取り組んでいる経営者が世の中には少ないことを意味します。
近代科学的な手法が限界を迎えている現在の経営
では、成果を上げる行動に結び付く経営課題が定義出来ていれば、企業は成長を続け、増収増益を維持できるのでしょうか。
答えはYESでありNOでもあります。経営課題を具体化して行動に移さない限り企業改革が進まないという意味ではYESです。
しかし、より重要なことは、経営課題の具体化以上に「何を経営課題とするか」、あるいは「どのように経営課題を見出すか」ですから、意味のない課題を具体化して、その実現に取り組んでも成果が得られないという意味ではNOです。
これまでは、与えられた課題に対して、いかに迅速かつ的確に正しい「やり方」を探し出して適用するかが経営における成功の秘訣とされてきました。
しかし、この考え方はいつどんな時でも役立つわけではありません。あくまでも17世紀に確立された「機械的世界観」と「要素還元主義」を二つの柱とした近代科学の知的パラダイムの系譜に立った場合に妥当性が高いだけに過ぎません。
機械的世界観とは、「世界は、いかに複雑に見えようとも、結局は、一つの巨大な機械である」という発想にもとづく世界の見方です。
そして、要素還元主義とは、「何かを認識するためには、その対象を要素に分割・還元し、一つ一つの要素を詳しく調査したのち結果を再び集めればよい」という考え方です。
したがって、近代科学的経営の根底には、「企業は一つの機械であり、この機械を改良するためには分解し詳細に仕組みを調べればよい」「そして、企業活動を発展させるためには、企業を適切に設計し制御すればよい」という考え方が隠されています。
経営がこれからも機械論的かつ要素還元的に取り扱えるものであれば、経営の良し悪しとは、あくまでも「手法」の巧拙の問題に過ぎないという意見に同意します。
フレームワークを駆使した分析能力に長け、過去の成功事例をパターン化して自社の経営に適用することで、改善の効率を著しくアップすることは間違いありません。
たしかに、戦後長い間こうした考え方にしたがって経営をすることで、日本企業は高い成長を果たしてきました。だからこそ、企業が曲がり角を迎えたり、崖っぷちに追い込まれるのは、「やり方」を間違ったり実行の効率が落ちたりしていると考える経営者が多いのです。
ところが、窮地に陥った最近の企業を見ていると、近代科学的経営を真面目に実践していたにも関わらず衰退トレンドから逃れられなかったケースが増えていることに気付きます。
どうやら経営の困難さの強度が同じベクトル上で増しているのではなく、経営の質を上げるための要因が変化しているのです。
つまり、経営の常識が負債化したことが、バランスシート上の負債の肥大化に繋がっているケースが増えているのです。
成功体験を持ち、これまでの経営に自信を持った経営者ほど、経営の常識の負債化に気付きづらく、真面目に頑張れば頑張るほど傷を深めていくことが多い時代に変わっている認識を持つことが必要です。
したがって、収益力向上という目的のために、状況を分析して要素分解して施策を考えるという王道の経営をしても成果が上げづらいだけではなく、かえって状況を悪化させることすらあります。