マッチョか肥満かに関わらず体型には記号的な意味がある

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肉体改造のビフォー・アフターの比較写真

「結果にコミットする」のキャッチコピーですっかり有名になったRですが、身体のビフォーとアフターの劇的な違いを見せつける画像もお馴染みになりました。

参考画像▼

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似たような写真ですが、少し前に世界中で話題となっている写真があります。

body image movement

この写真を見ると、「あれ、BeforeとAfterの写真間違っているんじゃない」と思うかもしれません。

決して左右の写真が間違っているわけではありません。

では、この写真が注目を集めている理由は何なのでしょうか?

「かつてスーパー・ボディだったけど、油断をして太っちゃった。テヘヘェ」という意味でしょうか?

それも違います。

この写真は、タリン・ブラムフィット(Taryn brumfitt)の自画像なのですが、彼女はオーストラリアの写真家でボディイメージ改善ー Body Image Movement ーの創設者でもあります。

タリンが主張したいことは、自分の身体について不当なほどネガティブな認識を抱く女性が多いのは間違いだ、ということです。

2012年にタリン自身も豊胸手術と腹部脂肪吸引をしようと考えていましたが、「自分自身の体に誇りを持つ」ということを自分の娘に教えるために、自分が整形手術を受けるべきではないと考え、ボディビルディングを始めたそうです。

その結果、ビフォー(左)の写真のようなある意味で完璧な身体を得ることができました。

「完璧に近いボディを手に入れたのよ。でも、何も変わらなかったわ。自分自身の身体をどのように感じるか、という点について、全く変化がなかったの」とタリンは回顧しています。

そして1年後、タリンは出産を経て「女性が自分の体について持つべきコンフィデンス(確信)についての自分自身の認識・概念の主軸」をガラリと変え、アフター(右)の写真へと戻ったということです。

そのあたりの経緯を簡単にまとめた映像もあったので、5分ほど時間がとれる方はどうぞ。

このことから、Rの「結果にコミットする」がわざとらしくて、タリンの主張がもっともだと言いたいわけではありません。

世の中には、「身体」をめぐって、まったく正反対な考え方がある、という事実を確認することに意味があります。

これは、人間の「身体」について考える、ひとつの糸口を与えてくれると思います。

際立って肥満者大国なアメリカ

観光立国を目指す日本ですから、東京の街中でたくさんの外国人旅行客を見かけます。

日本へ旅行へ来ている外国人が、出身国の母集団を正確に反映している保証はありませんが、とにかく太っている人がおおいのです。

特に英語を話している旅行者の肥満率が高いことは、身近な観察結果からも言えることです。

週刊NY生活デジタル版というサイトにこんな記事が出ていました。

※この記事は2013年にかかれているので、その後ニューヨーク市長は、ブルームバーグ氏からビル・デブラシオ氏へと替わっています。

マイケル・ブルームバーグ氏がNY市長に就任した2002年と比べて現在、ニューヨーク成人市民の肥満率は25%も上昇していることがニューヨーク市衛生局の報告書によりこのほど明らかになった。

単純計算すると、「デブ」は11年前には5人に1人だったが2012年では4人に1人に。ファストフード店でのカロリー表示の義務化や16オンス以上のソーダ販売禁止などを打ち出し、肥満対策に腐心してきたブルームバーグ政権としては皮肉な結果となった。

ただし、数字で見るニューヨーカーのヘルシー度は向上している。甘味飲料を一日に一回あるいはそれ以上消費する成人は、2007年の36%から昨年は26%に。成人の喫煙者は15.5%で28%も減少した。若者の喫煙率も2001年の17.6%から8.5%と半減している。

この記事が伝えている内容は2つのポイントに絞られます。

  1. 肥満対策に腐心してきたが、デブが増え続けている。
  2. 喫煙率は低下傾向が続いている。

アメリカの場合、肥満問題はニューヨーク市だけに留まりません。

ギャラップ社の調査によると、BMI指数(ボディマス指数、Body Mass Index、「30」を超える場合を肥満と定義で計測)でみた成人に占める肥満率は2013年の全米平均で27.1%でした。

前年の2012年が26.2%で、それ以前の2008年は25.5%だったので、上昇に歯止めが掛かっていない状況です。

ただ不思議なことは、過食も喫煙も身体に悪いことなはずなのに、アメリカでは肥満者は増え続け、喫煙者は減り続けています。

日本ではタバコを止めると「味覚が戻り、食事が美味しく感じられる」から太るという説を唱えている人がいますが、アメリカの場合も同じ理由なのでしょうか?

そういう理由ではないと思います。

2011年にギャロップ社が次のような調査結果を発表しています。

無作為に選ばれた成人1016人に対して電話調査を行った結果、4人に1人(25%)が、喫煙者に対する敬意は薄いと回答。

1991年の調査では、この数字は17%前後であり、喫煙者に対する風当たりが年々強さを増していることが示された。

喫煙者の割合も1991年の27%から今回は22%に低下している。

一方、過体重の人に対する尊敬の念は薄いと答えた人は12%で、2003年の16%と比べて少なくなった。

喫煙比率が低く、喫煙者に対して軽蔑的な傾向が最も強かったのは、大学教育を受けた所得の高い年配者。

また、過体重の人に対して厳しい目を向ける傾向が強かったのは、高所得の大卒者だった。

ただ、今回発表の調査では、回答者の半数以上が自分は体重過多であると答えている。

この調査結果を唯一の材料として少し強引に因果関係を語れば、アメリカにおいて肥満者が増える一方で喫煙者が減るという状況は偶然ではなくアメリカ人の価値観が反映された当然の結果だ、ということになります。

近代欧米文化へのデカルト的心身二元論の影響

肥満の問題を考えるにあたり、心と身体という二つの要素に注目する必要がありそうです。

日本人の場合、「心身統一」という言葉に象徴されるように、心と身体を切り離して考えることが(これまでは)少なく、むしろ武道の奥義が伝えるところを見ると、関心の的は心と身体の一体感をいかに生み出すかにあります。

一方でアメリカ人は、身体を魂が乗っかる一種の乗り物のように考えているところがあり、身体へ加工を行うことへの抵抗がきわめて薄いという印象を受けます。

近代文明に底流しているデカルト的心身二元論を極限まで推し進めた結果、身体は「道具」でしかないという考えになったからでしょうか。

この前提に立つなら、身体は乗り物で、人はそれを操るドライバーということになります。身体は乗り物だから、パーツ毎の交換や一部分の加工や補修が可能だと考えても不思議ではありません。

そういう文化的土壌を持っているので、アメリカにおいて臓器移植や美容整形などの身体加工技術がどんどん発達するのは、当然のことです。

深夜のテレビ・ショッピングを見ていると、アメリカ発のフィットネス・マシンが次から次へと紹介されています。特に腹筋を鍛える商品が多いのですが、アメリカ人にとって腹筋とは、洋服や靴などと変わらない外部装飾品のようにさえ思えます。

つまり、腹筋をはじめとした身体の各部位は、お金と時間をかければ見栄えが良くなる加工可能なものとして把握されているのではないでしょうか。

もしそうだとすると、ワークアウトが非常に盛んであったり、アスリートのドーピングへの抵抗が希薄な理由が理解できます。

彼らにとっての肉体とは、自らの意思や野望を実現するための「道具」に過ぎないので、命を縮めることが分かっていても筋肉強化剤を打ってまで勝とうとするのです。ドーピングはバレる可能性が高いことを考えると、得策とは思えませんが。

個人主義の文化を持ちながら、体型に関しては、自分にとっていちばん自然で快適なプロポーションや食生活を探し当てることには興味が向かわず、規格化された体型モデルに大変な克己心をもって自分を「合わせる」か、それともそのような自制を一切放棄して「でぶでぶに太るか」に二極分化してしまっています。

ただし、一番重要な点を見落としてはいけません。

パーフェクト・ボディを追究する人たちも、異常肥満な人たちも、根本的に自分の身体を愛していないし、身体に敬意を払っていないという点では同じなのです。

身体は自由自在に加工可能な部品という考え方

冒頭で取りあげたタリン・ブルムフィットさんの創設した Body Image Movement のサイトを見てみましょう。

What is the Body Image Movement? というページの We say yes to というところに、こんな記述がされています。

  • Giving an alternative to cosmetic surgery, and learning to live and love your body
    美容整形も選択肢の一つと考えて、生きること、そして自分自身の身体を愛することについて学ぶこと。
  • Teaching women that their body is not an ornament, but a vehicle to their dreams
    女性に、あなたの身体は装飾品ではなく、あなたの夢へと運んでれるものであることを教えること。

他にもいろいろ書いてありますが、どうもこの2つが気になります。

身体に対して徹底的にナチュラルなスタンスなのかと思いきや、美容整形は否定していないし、身体は装飾品ではないけど“vehicle”ではあるとしています。

vehicleとは、中学英語の知識で言うと「乗り物」です。

デカルト的心身二元論を否定しつつも、東洋的「心身一如」の域にはほど遠い、悪く言うと中途半端なスタンスであり、結果として「身体は道具である」という認識からは離れられていないと思われます。

そして、日本で「結果にコミットする」Rの肉体改造プログラムがヒットしている理由も、根っこは同じではないかと考えています。

つまり、中味よりも先ずはカタチから入れとばかりに、肉体改造を推奨する考えに同意する人が増えたということは、日本的心身一如の精神よりデカルト的心身二元論に寄せている人がそこそこの数いることを意味します。

そうだったら悪いというわけではありませんが、どうやら日本人の心と身体に対する意識の変化があってからこそ、Rの肉体改造プログラムはおおくの人に受け入れらたという構図を明らかにしたいと思った次第です。

肥満体の米国人が表す記号的意味とは

アメリカの肥満事情をもう少し詳しく見てみると、ジャンク・フードによる肥満者が白人低位所得層、ヒスパニック、黒人に偏り、スレンダーなナイス・バディな人々が上流階層に遍在するという体型の二階層分化が進行しています。

低所得層にはバラエティに富んだ食生活がないし、栄養学的知識もないし、スポーツする環境もないうえに、治安が悪いから家に引き籠もってカウチポテトをしているとぶくぶく太るというシナリオです。

つまり、グロバリゼーションの進行により権力も財貨も情報も教養も、そしてスレンダー・バディも上位の社会階層に占有されつつあるということを意味します。

そして低所得層の人々が、差別され、社会的なリソースの公平な分配に与っていないという怒りを社会に向けて発信しようとするなら、彼らはその階級的な怒りを誰にでも分かる方法で表現する必要に迫られます。

つまり、人種も宗教も言語も違う人間が寄り集まったアメリカという国では、分かりやすい記号表現を使わないとメッセージが相手に届かないからです。

だから豊かな社会資本や文化を享受できなない階層の怒りを表現するためには、肥満というステレオタイプな振る舞いを演じてみせるしかないのではないでしょうか。

低所得層の人々が、ビーガンになり図書館通いを好み社交ダンスの真似事をしても、せいぜい変わり者と思われるのが関の山で、階級的怒りの表明としては理解されません。

肥満であることは、彼らが健康的な食文化から遠ざけられ、スポーツ施設へ通うこともままならず、カウチポテト以外の娯楽が無いという被差別の事実を雄弁に伝えることが出来る唯一の社会的記号であるという見方をすると、なんとなく合点がいきます。

すると、Rの肉体改造によってバキバキなボディを(一時的かもしれないけれど)手に入れた人たちは、自己満足以外にどういう記号表現を欲しているのかが気になるところです。

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