2016年度版『中小企業白書』で語られる「稼ぐ力」とは何か

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『2016年版中小企業白書』のキーワードは「稼ぐ力」

2016年版の「中小企業白書」の全文が、7月1日に中小企業庁の公式サイトで公表されているので、今回は「中小企業白書」を入口にして、話を進めたいと思います。

2016年版「中小企業白書」

白書の目次は、以下のとおりとなっています。

第1部 平成27年度の中小企業の動向

第1章 我が国経済の動向
第2章 中小企業の動向
第3章 中小企業の生産性分析第

2部 中小企業の稼ぐ力

第1章 中小企業の稼ぐ力の決定要因
第2章 中小企業におけるITの利活用
第3章 中小企業における海外需要の取り込み
第4章 稼ぐ力を支えるリスクマネジメント
第5章 中小企業の成長を支える金融
第6章 中小企業の稼ぐ力を決定づける経営力

この後に、第3部「平成27年度において講じた中小企業政策」と第4部「平成28年度において講じようとする中小企業政策」と続きますが、こっちの方は、今回ノータッチとします。

どうやら、2016年度版は「中小企業の稼ぐ力」が主題になっているようなので、役所とは別の視点から「中小企業の稼ぐ力」について考えていきます。

先ずは現状確認のため、第1部の中小企業の動向についても簡単に触れておきます。

白書が示す中小企業の現状

減少を続ける中小企業の数

中小企業数は減少傾向にある。過去数年間の中小企業数の推移は、2009年/420万社→2012年/385万社→2014年/381万社となっています。

2012年から2014年にかけての内訳に注目すると、中規模企業数は5万社増えて56万社になったが、小規模企業数は逆に9万社減少して、325万社になった。

注)中規模企業と小規模企業の定義

 

2009年から2012年にかけて、35万社減少したときの内訳を見ても、中規模企業は4万社の減少(△5.56%)のところ、小規模企業数は32万社の減少(△8.74%)と、減少率では小規模企業の方が高かった。

これらの事実を見ると、小規模企業はここ数年の傾向では減少の一途だということになります。

その理由として、白書の26ページに以下の記載があります。(白書では企業数を示す単位として、「社」ではなく「者」をしているので、原文のまま引用してあります。)

小規模企業数の推移の内訳を確認すると、2012年から2014年の2年間で9.1万者の減少であったが、そのうち、開廃業については、開業が28.6万者、廃業が45.7万者であり、開業から廃業を引いた数が▲17.1万者と廃業が大きく上回った。

また、規模間移動については、中規模企業から小規模企業への移動が6.3万者であり、小規模企業から中規模企業への移動が6.8万者であった。

中規模企業と小規模企業間での移動が▲0.5万者であることを考えると、小規模企業の減少のほとんどの要因が廃業であり、廃業数が開業数を大きく上回ったことが影響しているといえる。

もともと日本は、欧米諸国と比べて、開業率が低く廃業率が高いという課題を抱えています。

具体的に言うと、昭和61年以降、開業率が廃業率を下回っています。しかも開業率の絶対値が6%を超えることがありません。

参考までにアメリカ・イギリス・フランスにおける数値を紹介すると、「開業率が廃業率を上回っている」うえに、開業率は10~12%という数値を維持しています。

そのうえ、昨今さらに小規模企業の廃業数が増加しているとなると、「就職だけではなく起業を選択肢に」とか「中小企業を活性化することで日本経済の活力を底上げする」などとスローガンを唱えてみたところで、事態は前に進んでいるどころか後退しているのが現実のようです。

利益は増加傾向だが、その原因は人手不足という中小企業の業況

白書の36ページに、経常利益額について、こう書かれています。

経常利益の実額について財務省「法人企業統計調査」を利用して確認すると、中小企業の経常利益は、2013年以降はおおむね増加傾向にあり、水準としても足下の2015年10-12月期は過去最高水準となった。

つまり、中小企業は全体で見た場合、過去最高水準の利益を出しているのが、今この時だということです。

でも、これが事実だと言われても、自社の状況を鑑みると、俄には信じがたい経営者の方が多いのではないかと思います。

そこで、重要なのは、中小企業の儲けの構造がどうなっているかという分析です。

この原因分析についても、白書では明確な結論を出しています。

簡単にまとめると、中小企業における2009年から2015年にかけての経常利益の変化を要因別にみると、売上高は減少したものの、変動費の減少(原材料・エネルギー価格の低下等が背景の一つ)と人件費の減少(企業数や従業員 数の減少が背景の一つ)により、全体としては2.5兆円の増加となった、ということになります。

売上は伸び悩んだものの、為替変動や調達努力により変動費である原材料費を抑えることで売上原価を下げ、固定費である人件費を中心とした販売管理費を削減したことで、トータルで経常利益額が増加した訳です。

特に人件費については、白書の45ページに掲載されている「従業員規模別非農林雇用者数の推移」というグラフを見ると、ある事実が分かります。

 

従業員規模500人以上の大企業においては、2002年に減少傾向から抜け出すと、その後継続して雇用者数を増やし続けています。

つぎに中規模企業を見ると、従業員数100~499人の準大手規模では、2008年のリーマンショック後一時的に雇用者数が減りましたが、その後はゆるやかに増加する傾向が続いています。

同じ中規模企業でも、従業員数30~99人規模では2008年のリーマンショック後減少したまま、現在に至るまで横ばい状態が続いています。

そして最後に、従業員数29人未満の小規模企業についてです。リーマンショック以前の2002年以降、一貫して雇用者数の減少が続いており、かつては雇用者数が4つの規模別カテゴリーにおいて最も多かったものが、2014年に大企業に逆転されています。

安倍首相は、アベノミクスの成果を語るとき、「雇用者数が伸びているうえに、給与等支払総額も増加している」と強調していますが、実態はもう少し複雑なようです。

一国の首相が嘘を吐くはずはないので、雇用者数が増えているのは事実です。また、これだけ雇用者数が増えれば、給与等の支払総額も増加していても不思議ではありません。

 

ただし、細かく内訳を見ると、よく言われている正規社員より非正規社員の増加数が大きいことは、小規模企業で就労する正規社員の数が減少して、その代わりに大企業で働く非正規社員の数が増えたことを意味します。

また、小規模企業における雇用者数の減少スピードは、小規模企業の数の減少を上回る勢いがあることも見逃せません。

そこで注目すべきは、中小企業の有効求人数の推移について指摘している白書の100ページ目です。

従業員が100人以上の規模の企業では、一定の水準で推移しているが、従業員が30~99人の規模の企業で、有効求人数が増加し、特に29人以下の小規模企業では、有効求人数が顕著に増加していることが分かる。

中小企業では従業員の不足感が強まっているが、特に、小規模企業において、その傾向が強いことが分かる。

つまり、大企業は非正規社員の数を増やしたことで人件費総額を引き下げた一方で、中小企業は必要な雇用者数を確保できないため、結果的に人件費が抑制されたという泣き笑いな状況だと言うことです。

この事実から、小規模企業は事業を継続したとしても、より規模の大きい企業と比べて、人手不足が常態化するリスクを経営者は理解しておく必要があります。

「第1部 中小企業の動向」においては、他にも設備投資や生産性について言及していますが、そのテーマはパスして、「中小企業の稼ぐ力」に話を進めます。

白書が示す「中小企業の稼ぐ力」とは

2016年版中小企業白書の最終ページに、『中小企業の稼ぐ力 まとめ』があります。

以下に、その内容を引用します。

中小企業の稼ぐ力に着目し、(中略)生産性向上のためのIT活用、売上拡大のための海外展開、稼ぐ力を支えるリスクマネジメントについて分析した。

その結果稼ぐ力のある企業には、経営者が、①ビジョンを明示し、②従業員の声に耳を傾け、③人材育成や、④業務プロセスの高度化、⑤段階的・計画的な投資等を行っているという共通点が見られた。

(中略)さらに、稼げる中小企業の経営力について、低収益起業は設備投資や人材育成投資をはじめとする投資に保守的な傾向が見られるのに対して、高収益企業は、計画的勝つ積極的に取り組んでいることを示した。

また、経営者年齢が上昇するほど、投資意欲が低下し、リスク回避性向が高まることや、経営者が交替した企業の方が僅かながら利益率が向上していることも示した。

これらを踏まえ、今後は、経営者が、現場の声にしっかり耳を傾けつつ、経営理念を明示し、金融機関等の外部の専門家と連携しながら組織的な経営を行い、生産性向上や新陳代謝に取り組み、自らの稼ぐ力を向上させていくことを期待して、2016年版中小企業白書の結びとした。

どのようなプロセスで「中小企業の稼ぐ力」を発見したのか?

白書で指摘している「中小企業の稼ぐ力」の内容が妥当かどうかを評価するためには、上記の結論がどういうプロセスで導かれたのかを確認する必要があります。

稼いでいる中小企業を分析した結果、統計的に有意な相関関係があることを根拠にしているのか、あるいは稼ぐ力を獲得するために必要な要件として、演繹的に因果関係を論理構成しているのか。

そこで、白書の本文の中で、なぜIT活用が稼ぐ力に繋がっているかいう理由の部分を探してみました。

  • 企業間取引における電子 商取引の市場規模およびEC化率は年々増加していることが分かる。(105P)
  • 対個人向けのEC市場規模も対企業 向けのEC市場規模と同様にその市場規模は年々増大していることが見て取れる。(106P)
  • スマートフォンやタブレット端末を有効に活用していくことが、生産性を向上させていくための一つの手段になるといえる。(107P)
  • 生産性を向上させるためのITの利活用の一つとしてクラウドサービスを取り上げる。 クラウドサービスは、企業がサーバ等の設備を導入せずに、データが保存可能であることや、企業外からもアクセス可能なサービスとして、業務効率化のため、近年、急速に導入率が増加している サービスである。(108P)
  • テレワークを導入することで、効率的な業務が可能になり生産性の向上が図れるほか、柔軟な働き方が可能になることから、労働力不足の解消にも効果があるといえる。加えて、場所にとらわれない働き方も可能になることから、オフィスコスト等の固定費用を削減することも不可能ではないと考えられる。(109P)

同様に、海外展開が中小企業の稼ぐ力に繋がるのかを示す記述を探してみました。

  • 南西アジアやASEAN、中国等のアジア 地域で中間層・富裕層の人口の増加が見込まれていることが見てとれる。中小企業は、これらの需要を取り込んでいくことが、稼ぐ力を強化する上で重要な要素であるといえる。(94P)
  • アジア市場に目を向けると、(中略)市場が拡大し、2020年には、著しく成長することが見込まれている。同様に、中南米地域の実質GDPの推移を見てみると、2000年以降成長の速度が速まり、2020年には高い成長が見込まれている。アジア市場をはじめとした外国市場の需要を取り込んでいくことが必要となる。(95P)
  • 企業が外需を取り込む必要がある一方で、今後は、海外市場でも競争力の高さを発揮していくことが課題の一つであるといえる。(96P)
  • アジアや中国からの訪日外国人旅行者の需要を取り込んでいくことが重要であるといえる。(97P)

なんとも漠然とした語り口です。

要するに、稼いでいる中小企業の採用している施策を詳細に分析したわけではなく、今後予測される経営環境を前提として、現実的に中小企業が実現可能な打ち手を論理的に煮詰めたわけでもないと思われます。

結局は、流行のビジネス書に書いてある以下のような当然の「あるべき論」を語っているだけです。

  • インターネットを介した市場が成長しているから売上に繋げていくべきだ。
  • スマホ、タブレット、クラウド、テレワークなどのツールやサービスが進化を続けているので、業務に取り入れることで効率性・生産性の向上に繋がるはずだ。
  • 少子高齢化により日本国内の市場成長に期待が持てないので、まだ成長を続けている海外市場の需要や訪日外国人旅行者の需要を取り込んでいくべきだ。

一応、稼いでいる中小企業が取り組んでいる3つ目の分野である「リスクマネジメント」についても触れておきます。

「第4章稼ぐ力を支えるリスクマネジメント」の前文には、こう書かれています。

グローバル化や情報化の進展、取引構造の変容等を背景に企業の経営環境は大きく変化している。

これまで以上に世界規模で不確実性が増大しており、企業は様々なリスクに直面している。

我が国の中小企業が成長・発展を遂げるためには、リスクを許容し成長に向けた投資を行うとともに、将来発生する費用を防止するため、潜在的に抱えるリスクを把握し、そのリスクに適切な対応を行うことが必要である。

しかしながら、中小企業はリスクに対する認識が不足していることが多く、対策が十分に進んでいるとはいえない。

指摘している内容は、その通りのことです。

リスクマネジメントは、車に例えると、稼ぐ力であるエンジンの出力や効率をを向上させるだけではなく、事故に遭遇する機会を減らすアクティブセーフティ(予防安全)を高めると同時に、万が一事故に遭遇した場合でも被害を最小限に止めるパッシブセーフティ(衝突安全)も高めることを意味します。

白書においては、この前文の後にリスクの分類を行うという常識的な分析プロセスを経て、BCP(事業継続計画)の必要性を強調しています。

BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)とは、企業が自然災害、大火災、テロ攻撃等の 緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続 あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段等を取り決めておく計画のことであ る。

活用できる経営資源が限定される緊急時に、優先して復旧すべき中核事業を絞り込んでBCPを策定し、緊急時にそれを遂行することで復旧度合い、スピードには大きな差が現れる。様々な災害の発生を想定し、それに備えることで不測の事態に遭遇しても業務を早期に復 旧させ取引先や顧客に対する供給責任を果たすことができる。

ところが、中小企業の現状はどうかというと、BCPの認知度が低いために、当然具体的にBCPを策定している企業の割合は極めて少数に留まるという現状です。

中小企業のBCPの認知度

従業員規模別に見た中小企業のBCP策定状況

したがって、リスクマネジメントについては、中小企業の稼ぐ力の決定要因と言うよりも、稼ぐ力を備えた後に、継続的に収益性を維持するため、不測の事態に平時から備えることの重要性を事前に啓蒙する目的で取り上げていると考えるのが妥当でしょう。

つまり、中小企業白書2016で、「中小企業の稼ぐ力の決定要因」という力強い表現でピックアップした3つの項目、IT活用、海外展開、リスクマネジメントは、「それらを経営に取り入れ適切に運用すれば、稼ぐ力が手に入る打ち出の小槌」ではないといことです。

では、稼ぐ力に向上の余地がある中小企業が具体的に何をしたらよいのでしょうか?

それを知るには、第6章で取り上げている「中小企業の稼ぐ力を決定づける経営力」に行き着くしかありません。

そこで、結論付けられていた内容は、先に記載しましたが、こういうことでした。

経営者が、
①ビジョンを明示し、
②従業員の声に耳を傾け、
③人材育成や、
④業務プロセスの高度化、
⑤段階的・計画的な投資等
を行っているという共通点が見られた。

実に正論としか言いようがない内容です、

これら5項目について主体的かつ積極的な取り組みを行っている経営者がいる企業は高い成長性を持っている可能性は高いでしょう。

なぜなら、ビジョンを明示することも、従業員の声を聞くことも、人材育成に力を入れることも、ビジネスの付加価値を高めるためには不可欠だからです。

ただし、ここまで指し示されている「人手不足」という中小企業の現状を踏まえると、中小企業白書が「稼ぐ力を決定づける経営力」としている意味は、別のところにあるのではないでしょうか。

それは、人材を集め活躍してもらうためには、ビジョンを明示することも、従業員の声を聞くことも、人材育成に力を入れることも等閑に出来ないという現実です。

中小企業白書「第2章 中小企業の動向」において、会社都合ではなく個人的都合から中小企業を離職した者の理由が明らかにされています。

「労働条件が悪い」が12.2%、「職場の人間関係」が9.8%、「収入が少ない」が9.3%となっており、以下、「仕事の内容に興味を持てず」、「会社の将来が不安」、「能力・個性・資格を生かせず」と続く。

このことから、中小企業からの離職理由の約7割を占める「その他の個人的理由」には、労働条件や収入等、待遇面や職場環境、仕事内容への不満が含まれることが推測される。

このことから考えて、現下の中小企業を取り巻く人材不足という環境を考慮するなら、先ずはそれを解消しようという試みを真剣に行っている経営者とそうでない経営者では、稼ぐ力に差が出る可能性が高いと言えそうです。

日本は米国と比較して生産性の低さが指摘されていますが、その溝を埋めるべく近年叫ばれている生産性重視の姿勢は、人材をより価値のある業務にシフトするという積極的な目的ではなく、日本においては人材不足から語られるのが情けないところです。

でも、やはり経営力の5項目としてあげられていることに取り組んでいる企業は、成長に意欲的な企業が多いのは間違いないでしょう。

ただし、このような取り組みを続けることは、中小企業が稼ぐ力を獲得するための必要条件に過ぎず十分条件ではありません。

だから、白書で明示されている取り組みが実行されていても、現実に稼げる企業になれているかどうかは別です。

しかし、こうでもしなければ人が集まらず、稼ぐことすらもできません。人余りの時代であれば、このような取り組みが「稼ぐ取り組み」として取り上げられるようなことはなかったでしょう。

あたたの会社の「稼ぐ力」とは何か

以下の記事で、利益には2つの種類があることを書きました。

それは、「効率利益」と「中核的利益」の2つです。

中小企業白書2016年版において語られている「中小企業の稼ぐ力」とは、この2つのうち「効率利益」についてのみに偏っています。

もちろん効率利益も生み出す必要がありますが、経営としてそこで立ち止まっていては、変化する経営の外的環境に対して脆弱なままです。

白書では、BCP(事業継続計画)の重要性を説いていますが、不測の事態に備えるコンティンジェンシー・プランという意味合いだけではなく、平時で余裕があるときに、自社の中核的利益を確固たるものにすることこそが、事業継続性を高めるために最も重要な取り組みです。

なぜなら、そもそも真に維持すべきものは、生産設備でもデータでもなく、中核的利益だからです。

これを契機に、「自社の稼ぐ力」とは何かについて、可及的速やかに具体化することをお勧めします。

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