低価格路線に走りやすい新規企業と赤字企業
「経営者として一番気になることは何ですか?」
こう聞かれたら、どう答えるでしょうか。
起業して間もない経営者や赤字転落した企業の経営者は、口を揃えて「単年度で黒字化をすること」と答えるはずです。
つぎに、「黒字化するために何をするか?」
こう聞かれたら、どう答えるでしょうか。
起業して間もないない経営者の場合、自分の提供している商品やサービス自体が顧客に受け入れられるかどうかに不安を抱いています。
だから、営業活動や宣伝活動を行いつつも、まずは購入者を増やすことが重要と考えて、理想の価格より安めの価格を設定することが多くなります。
一方赤字転落した企業の経営者の場合、何をするかは大きく分けて3つのパターンに分かれます。
- 売上が減少したなら売上を回復させれば良いと考えて、営業・販売に力を入れる。
- 売上に見合った経費にするために、経費削減を行う。
- 自らの痛みを最小限抑えるために、仕入価格(原価)の引き下げを行う。
多くの赤字企業の経営者は、上記3つのパターンの中で施策を考え実行しますが、残念なことに黒字化のために最も効果的な方法が含まれていません。
だから、自助努力による窮状からの脱出はうまく行かないことが多いのです。
拡大路線に走りやすい黒字企業
さて、ここまでは、起業して間もない企業や赤字企業の話です。
ここからは、現在黒字を確保している、しかも3期連続くらいは黒字を継続している企業に話を移します。
「黒字は確保できているが、経営者としてつぎに何をするか?」
こう聞かれたら、どう答えるでしょうか。
一番多い答はこうなります。
「現在うまく行っているビジネスを拡大する」
いま利益が出ているビジネスだから、もっとたくさん売れば、その分儲けが増えるはずだと考えてのことです。
ここまでの話に、3人の登場人物がいました。
- 起業間もない経営者
- 赤字企業の経営者
- 黒字企業の経営者
それぞれ立場が違うし、経験や知識や経営力という点で差異があるように見えますが、実は共通している点があります。
それは、「この3人の経営者がある共通した間違いを犯している」という点においてです。
利益増を図る3つの方法~売上高アップ・原価ダウン・固定費ダウン
以下の損益構造を持つ企業について考えてみます。
単位:千円 | 金額 | 割合 |
売上高 | 3,500,000 | 100.0% |
売上原価(変動費) | 2,400,000 | 68.5% |
売上総利益(限界利益) | 1,100,000 | 31.4% |
固定費 | 997,500 | 28.5% |
利益 | 102,500 | 2.9% |
この企業が、利益を増やすために売上高、売上原価、固定費それぞれで、1%の改善を行うと最終的な利益の増加率は以下のようになります。
売上原価(変動費) | 123.4% |
売上高 | 110.7% |
固定費 | 109.7% |
多くの企業が躍起になる売上高の改善や固定費の削減は、売上原価(変動費)の改善に比べると半分以下の効果に留まることがわかります。
しかし、この結果を見て売上原価(変動費)の改善に優先的に取り組む結論を導き出すのは早計です。
売上高アップで利益を増やそうとすると何が起きるのか
漫然と売上高という言葉を使っていますが、売上高は以下の数式で捉える必要があります。
[売上高]=[単価]×[数量]
意外に思うかもしれませんが、この算数レベルの数式によって売上高をきちんと捉えている経営陣はほとんどいません。
その代わりに計画立案者は、以下の数式を鵜呑みにしています。
売上原価率(変動費率)=[売上高]÷[売上原価(変動費)]×100
したがって、売上高が増えても減っても、
[売上高]×(1ー[売上原価率])=[売上総利益]
という計算をして予想期待利益を算出しているために、売上高が伸びればそれに比例して利益も増えると考えていますが、大いなる勘違いです。
だから、売上高を増やすという方針を立てた場合に、
- 売上数量を増やすのか
- 売上単価を増やすのか
という方法を明確にしないままに、現場任せにしている企業が多いのです。
売上高をどう増やすかを丸投げした結果、現場で以下のような行動を生み出すことになります。
売上数量を増やそうと考える
↓↓↓
売上数量を増やすために売値を下げる
↓↓↓
売上数量は増えるが売上高は微増に留まる
多くの場合、このやり方では最終的に利益が一層減少するという悪循環に陥いります。
売上数量を増やすにしても、売上単価を下げてそれを成し遂げても意味がありません。
売上高を増やすという場合、[売上数量]を増やすのか[売上単価]を上げるのか、明確に意識をして方針を立て施策を練ることが、戦略思考としての最低ラインになります。
ちなみに、先ほど計算した売上高が1%増えた場合というのは、厳密に言うと、「売上単価と売上原価が変わらない条件で、売上数量が1%増えた」状況を意味します。
では、[売上単価]が1%伸びた場合(売上数量と売上原価は変わらない)の利益改善率を算出すると、134.2%になります。
つまり、利益増加を図るためには、価格アップが最も効果的なのです。
固定費や売上原価の改善は当然行う必要がありますが、利益増加を図るうえで最も有効な手段は価格政策なのです。
もちろん、単純な値上げができるほどビジネスは甘くはありません。しかし、大企業ではない企業が利益増加を行うに際して、以下のことを断言しておきます。
なぜ経営者は低価格路線の誘惑に勝てないのか
前項で、売上単価の改善が利益アップのために最も有効な手段であると述べたましたが、「利益感度分析」という既知の手法で導き出した結果です。
マーケティング分野でWillingness to Pay(ウィリングネス・トゥ・ペイ=支払意思額)という考え方があり、顧客が購買意思を失わない上限で価格付けを行う重要性を説いています。
さらに、価格決定戦略の世界では、Visible Pricing(ヴィジブル・プライシング=見える価格政策)に加えてInvisible Pricing(インヴィジブル・プライシング=見えない価格政策)によって、低価格競争から身を守り、顧客に知られない形で適正価格を維持することの意義と方法論について説いています。
こうした理論に頼るまでもなく、肌感覚として高価格戦略や高付加価値戦略の重要性を知らない経営者はいないし、できればより高い価格で販売したいと思わない経営者もいないでしょう。
でも、現実的かつ具体的に高価格戦略に取り組んでいる企業とその経営者は少ないのも事実です。
もちろん、冒頭で登場した3種類の経営者は皆、行動レベルでは高価格戦略を採用していません。
起業間もない経営者は、ゼロをイチにする手段として低価格を選択します。
赤字企業の経営者は、売上不振がビジネス自体の付加価値の減少に起因しているにも関わらず、付加価値の再生よりも数量の回復に打開策を求めて、さらなる低価格へ走ります。
黒字企業の経営者は、利益の増加を面の拡大という方法で成し遂げようとします。
特に黒字企業の場合は、うまく行っているビジネスの横展開をすれば、利益の絶対額は増加する可能性は高いのですが、組織が大型化することでオーバーヘッド(間接費)の増加を招き、最終利益率は間違いなく低下します。
それにも関わらず、横展開による規模拡大への投資が止められない理由は、会社に一人しかいない経営者にとってはプラスだからです。
10億円で10%の最終利益(1億円)を稼ぐよりも、100億円で3%の最終利益(3億円)を稼げば、自らの役員報酬も使える経費も増える可能性が高いからと無意識に考えてはいないでしょうか。
経営者は利益の絶対額で救われることがあるかもしれませんが、社員の方は割を食うだけです。
会社の利益増加分は、オーバーヘッドに持って行かれてしまい、増加する社員の一人当たりの人件費はむしろ減少することが多い。
昨今話題になることが多い、非正規社員の増加やブラックな待遇の企業の増加の原因は、横展開により規模拡大を目指す経営方針と無縁ではありません。
「企業は人なり」と口にする経営者は多いですが、人件費に投資するどころか人件費の抑制によって利益の拡大を図っていれば、必ず組織は疲弊することを知る必要があります。
黒字企業がその先として取り組みべきことは、横展開を図ることではなく、高付加価値なビジネスを創出することで、利益の絶対額を増加することなのです。
そうしなければ、今は良くても遅かれ早かれ転落の坂道を下ることになるでしょう。
このようにして、多くの企業と経営者にとって、高価格戦略あるいは高付加価値戦略をとる必要性はわかってはいでも、低価格や横展開という昔ながらのやり方につい走ってしまうことが多いのが現実です。
この状況を打破するためには、価格付けに対する認識を根本的に改める必要があります。
黒字企業は現状に満足することなく高付加価値化を行え
全法人のうち単年度で黒字の企業の割合は約30%で、3期連続黒字の企業の割合になると1~2%に下がる。
節税目的のためにわざと赤字にしている企業を除いたとしても、大半の経営者にとって企業を継続して黒字にすることは、間違いなく大きな目標です。
そして、努力の甲斐があって首尾良く経常的に黒字を出せる企業を作り出せた場合、その先に何をするか?
実は、黒字企業にとってはここが一番のポイントになります。
企業の黒字化は一里塚であってゴールではありません。
いまの黒字を維持することを考えることも、多少の横展開を考えることも悪くありませんが、絶対に欠かせないことは、高付加価値化への投資です。
経営環境が目まぐるしく変化している以上、企業が生存し続けるためには、自らが変化をすることで、外部の変化を相対的に無効にするかむしろ乗じる必要があります。
この取り組みを怠った企業は、思ったより早く大きな曲がり角を迎えることになり、下手に成功体験がある分そこに縛られている限り一度転落が始まるとそのスピードは早い。
企業再生とは赤字企業に必要な処方だと考えている経営者がほとんどだと思いますが、これだけ経営環境の変化の角度鋭くとスピードが早くなると、黒字企業にも前向きな企業再生が必要です。