意思決定時に注意すべき儲けることより損を嫌う利小損大の心理

経営脳のトレーニング
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ホテルや旅館の冷蔵庫に入っているビールは高い

出張や旅行に行くと、ホテルや旅館の部屋に備え付けられている冷蔵庫があります。

ちょっと高級な宿では、冷蔵庫の中に酒やソフトドリンクが入っていますが、普段コンビニで220円で買える缶ビールの値段が500円だったりします。

この値段を見て、それぞれの人がいろいろな思いを持ちます。

  • 高いけど、場所代だから仕方ないんだろうな。
  • 他に選択肢がない客に対して法外な価格を要求するのはぼったくりと同じ。一流のホテルとしてホスピタリティを真剣に考えるのであれば、まともなサービスを提供するために、もっと企業努力をするべきだ。
  • ビールが500円だろうが1000円だろうが、お金には不自由していないから気にしない。

高級な宿の飲み物が高い理由はいろいろあるのでしょうが、ここで取り上げたいことは「人のお金の使い方や高い・安いの感覚は、かならずしも合理的ではない」ということです。

私たちが意思決定を行うとき、特定の行動に伴う損失と利益を計算します。

ただし、数式によって計算される結果だけではなく、「心の会計処理の仕組み」が存在して、意思決定と行動に大きな影響を及ぼしています。

この働きのことをメンタル・アカウンティングと言います。

同じ1000円の値引きでも元の価格が高額だと価値が下がる

つぎの2つのシナリオを見てください。

<シナリオ1>
ノートパソコンを買うために、車で量販店Aへやって来ました。
売り場でいろいろな商品を見て回り、お気に入りの1台が見つかりました。
値段を見ると120,000円です。
ところが、ここから車で15分のところにある量販店Bで、同じ商品が119,000円で売っているとの情報が入りました。

<シナリオ2>
32GBのUSBメモリを買うために、車で量販店Cへやって来ました。
売り場で価格を見ると2,000円でした。
ところが、ここから車で15分のところにある量販店Dで、同じ商品が特売で1,000円で売っているとの情報が入りました。

さてシナリオ1、シナリオ2それぞれの場合において、どの量販店で目的の品物を購入するでしょうか。

統計的なデータをとると、シナリオ1の場合はそのまま量販店Aで買う人が多く、シナリオ2の場合は量販店Dへ行ってまで買うという人の割合が増えます。

どちらのシナリオでも節約できる金額は同じ1,000円なのですが、元の価格が大きいと1,000円の価値が薄れ、逆に元の価格が半分になるような2,000円に対する1,000円は価値が高いと判断しているわけです。

つまり、同じ1,000円の節約に違いないのに、元の買い物金額が大きいほど、その価値を軽視する傾向が人間にはあります。

こういう人が持つ「不合理な心理」を利用した商法が世の中にはたくさんあります。

元の金額が大きい買い物に対して、ちょこちょこオプションの追加を勧めるというセールス・テクニックです。

たとえば車を買いに行くと、メタリック塗装8万円、サンルーフ20万円、インチアップホイールセット24万円と勧められるがままに、あるいは「せっかく買うから、どーせだったら」という自らの思いにより、ついついオプションがかさんでしまうことがあると思います。

でも、普段は10万円や20万円の買い物をこれほど気楽にはしないはずです。車体価格が500万円とかになると、感覚が変わってしまうのです。

現金か現金相当物で変わる追加支払いへの態度

ついでにもう一つ身近な例をあげてみます。

<シナリオ3>
1万円のコンサートのチケット買って当日会場へ行くと、入り口でチケットがなくなっていることに気づいた。

<シナリオ4>
当日券を買おうとコンサート会場へ向かったところ、財布から抜いてポケットに入れて置いた1万円がなくなっていることに気づいた。

シナリオ3、シナリオ4それぞれの場合において、あらためて1万円を支払って当日券を買うか、諦めて家に帰るか、どちらを選択するでしょうか。

この場合の統計的データが示すところは、シナリオ3の場合は、諦めて家に帰ること選ぶ人が多く、シナリオ4の場合は1万円をさらに支払ってコンサートを見ることを選択する人が多くなります。

なぜこの違いが生まれるかというと、心の中に「コンサート勘定」と「現金勘定」という2つの勘定が存在しているからです。

シナリオ3とシナリオ4の「コンサート勘定」と「現金勘定」はつぎのとおりです。

<シナリオ3>

家を出たとき 追加で1万円支払ったあと
コンサート勘定 10,000円 20,000円
現金勘定 0円 0円

<シナリオ4>

家の出たとき 追加で1万円支払ったあと
コンサート勘定 0円 10,000円
現金勘定 10,000円 10,000円

シナリオ3の場合には、1万円を追加支出して当日券を買うと2万円のコンサートというとらえ方になってしまうので、「そこまでして観ることはない」という気持ちが働いて、多くの人が諦めて家に帰るという選択をします。

一方シナリオ4の場合には、無くした現金1万円は現金勘定として考えることができるため、追加で1万円支払ってもコンサート勘定は1万円にしかならないので、観ようという気になるわけです。

しかし、シナリオ3でもシナリオ4でも、トータルの現金残高は変わらないわけで、本来はどちらが得でも損でもないはずです。

ファンド・マネージャーが得より損を避けたい心理

ここまでは、日常生活に関わるメンタル・アカウンティングの話でしたが、ビジネスにおける投資の世界でも、別の心理勘定が判断と行動に影響を与えます。

例えば、あるファンド・マネージャが新規ファンドを起ち上げて、3つの株式銘柄に投資を行ったとします。

2ヶ月後に値動きの結果を見ると、2つの銘柄は値上がりしていたけれど、残りの1つは値下がりしていました。

この時点で、3銘柄すべてを手仕舞うとトータルで利益を上げることができたのですが、彼は値上がりした2銘柄だけを手仕舞い、含み損の出ている1銘柄を残しました。

ここで働いたメンタル・アカウンティングは、「とにかく損をするのが嫌だ」という気持ちです。

だから、手持ちにしておいて値戻しした時に売り抜けようと考えたのです。

その結果は、残した1銘柄が大幅な下落をして、ロスカットルールに抵触して損切りを余儀なくなされ、先に利益確定した2銘柄で得た利益が吹き飛び、合計損益はマイナスになるリスクを抱え込んだことになりました。

事業プロジェクトの選択と集中に与える影響

ビジネスにおける別の例をあげてみます。

ある企業がXとY2つのプロジェクトを進めているとします。2つのプロジェクトへの投下資金と半年後の損益状況はつぎのとおりです。

プロジェクトX プロジェクトY
投下資金 1,000万円 1,000万円
損益 100万円 ▲100万円
  • 会社としては、追加の投資資金として100万円を持っています。
  • プロジェクトXに追加投資するとさらに200万円の利益を実現することが可能です。
  • 一方、プロジェクトYに投資すると今後150万円の利益を見込むことができます。

どちらか一つのプロジェクトにしか100万円を追加投資できないとしたら、どちらのプロジェクトに対して行うべきでしょうか?

当然、プロジェクトXに対して100万円を追加投資した方がトータル・リターンは大きくなります。

<プロジェクトXに追加投資した場合>

プロジェクトX プロジェクトY
投下資金 1,000万円 1,000万円
損益 100万円 ▲100万円
追加資金 100万円 0万円
最終損益 300万円 ▲100万円

<プロジェクトYに追加投資した場合>

プロジェクトX プロジェクトY
投下資金 1,000万円 1,000万円
損益 100万円 ▲100万円
追加資金 0万円 100万円
最終損益 100万円 50万円

上の表を見ると明らかなとおり、プロジェクトXに追加投資すれば、プロジェクトYの赤字100万円を差し引いても、合計200万円の利益を手にすることができます。

しかし、プロジェクトYに追加投資すると両プロジェクトともに黒字にはなりますが、合計利益は150万円となり、プロジェクトXに追加投資した場合より50万円少なくなります。

この場で見ると、小学生の算数レベルの計算で分かる結果ですが、実際のビジネスの現場では、なかなかプロジェクトXへの追加投資を選ぶことができないことが多いのです。

どうしても赤字のプロジェクトYのことが気になって、めでたく両プロジェクトともに黒字になりましたという結果を優先することが多いからです。

こうした心理は、ノーベル賞を受賞したカーネマンのプロスペクト理論によって、利益を小さく評価し損を大きく評価しがちな利小損大の心理として指摘されています。

このことから分かるように、戦略策定をしたりファイナンス理論により予想収益値の計算をしたりすることは学んで身に付けることができますが、同時に人の心に潜むメンタル・アカウンティングというバイアスを理解しておくことが、ビジネスにおけるディシジョン・メーキングの質を高めることにつながります。

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