本音で相談する相手がいない経営者
自分は一番で、自分がやっていることに対して強い自信を持っていいるのが会社の社長です。
そのため、ほとんどの経営者は、他人から上から目線で教えられることを極端に嫌います。社長業の良いところは、他人からあれこれ言われたり、指示を受けたりしないことなので当然です。
リクスを負って社長になっていながら、赤の他人から「こんなこと知らないんですか」とか「こうやったらいいのに、なぜやらないのですか」などと偉そうに言われることが好きなはずがありません。
会社の顧問税理士と顔を合わせれば「先生」と呼びますが、経営の師匠と思っている人は少なく、面倒くさい税務申告や合法的な節税という限定された範囲で仕事を依頼している社長が多いのではないでしょうか。
経営経験がないうえ、企業組織の中で一度もリーダーシップを発揮したことがない税理士に対して、社長が経営の指南をお願いしようと思わないことに不思議はありません。
かといって、社長という同じ立場の人たちとは、気軽に経営について話題にすることもない。地元の繋がりや業界の繋がりで仲が良い社長仲間がいて、ゴルフをしたり旅行へ行くことはあっても、お互い羽振りがよさそうに振舞って、決して相手に弱みを見せないようにしています。
ましてや「うちの会社赤字続きなんだけど、お宅はどうなの」とか「資金ショートしそうだけど、銀行にどう話をしたらよいか」などという格好の悪い相談は口が裂けてもしません。
その結果、世の社長の多くは「腹を割って本音で話ができる相談相手がいない」という状況に陥ります。
昔から「社長は孤独だ」と言われる原因は、ここにあります。
でも多くの社長は、「他人から偉そうにとやかく言われたくない」というメリットを享受する代わりに、「社長は孤独だ」という状態を潔く受け止めています。
自分の意思で社長になった以上、相応の覚悟があるはずなので、「相談相手がいない」とか「孤独で寂しい」という心のケアは不要とは言いませんが、大した問題ではありません。
むしろ問題なのは、たった一人で意思決定をするリスクや盲点に自覚を持ってない。あるいは不安はありながらも放置していることです。
そこで、ナンバー2の存在意義が出てきます。
問題分析段階での盲点や見落としは回避しやすい
何も考えることができないという社長はいません。それほど思考力もアイデア創出力もない人が、そもそも起業して経営者になることが不可能ですから。
顕在化している課題に対して、その解決に向けての試案の2つや3つ程度はすぐに考えつく。それが、経営者というものです。
ただし、その2つか3つの選択肢の中ら一つをチョイスすれば、最適な課題解決になるかどうかについては万全の自信を持てません。
「もしかすると何か重要なことを見落としているのではないか」という不安を、必ず持っているのです。
この不安感を持つことは、正常な感覚です。
意思決定の「盲点」とか「見落とし」は、思考プロセスの初歩的段階にあたる分析レベルで発生します。
例えば、こんなことです。
- 見るべき顧客を誤っている
- 市場環境や競合の存在など外部情報としてリストアップしておくべきものに漏れがある
しかし、この程度のことは、相応の知力を備えた経営者なら割と簡単に超えられるハードルです。
意思決定において見落としがちな盲点
トレードオフが伴うこと
むしろ盲点になっていることは、「意思決定にはトレードオフが必ず伴う」という理解が欠如していることです。
あるプロジェクトを開始すれば、当然そのプロジェクトへ経営資源を投資することになり、逆に言えばその分の資源は他に使わないことを意味します。
別の言い方をすれば、新たな戦略を始動することは、そのための原資を社内外から調達することに他ならず、無限に資源がない以上、何かをやめなくてはなりません。
つまり、経営における意思決定にあたっては、一つ一つのテーマが有限な経営資源をめぐって競争している状態といえます。
「トレードオフ」という言葉に馴染みがないかもしれませんが、個人の生活においても似たようなことを経験しています。
例えば、郊外の住宅を購入する決定をしたことでローンの支払いが発生し、毎月の小遣いが減ることがあるでしょう。また、通勤時間が長くなることがあるかもしれません。
競合が存在すること
ところが、経営のトレードオフとは、こうした個人の意思決定に関するトレードオフとは根本的に異なります。それは、「競合」の存在です。
自社内でトレードオフを十分に考慮して、やることとやらないことを見極め、決定した施策に資源を投下しても、競合が質と量においてそれを上回る資源投資をすれば、思惑通りに競争に勝つことができなくなります。
個人でも、オークションのように競合が落札に大きな影響を与える場面があります。
しかし企業においては、ライバルとの競争が活動の本質であることを考えると、競合の存在が与えるインパクトは、個人のレベルとは比較になりません。
意思決定する対象を誤ること
経営における意思決定においては、さらに別の盲点があります。
多くの人は、「ある案件に最高の意思決定をする」ことばかり気にしていますが、それ以前に「どの案件について意思決定を行うか」への検証が甘いのです。
一つ一つの案件に対してベストな意思決定が出来たけれど、それは戦略上大して重要ではない案件ばかりで、結局何ら優位を築けなかったという結果では困るのです。
そういう意味で、経営者が意思決定にあたって不安に感じる「盲点」とか「見落とし」において真に重要なことは、選択肢の充実度ではなく、「このことを意思決定すべきかどうか」ということの方にあります。
しかし残念ながら、経営者一人では、なかなかここまで視野を拡げることが難しいのが現実です。
そこには、人間が等しく持っている意思決定に関するバイアス(歪み)が存在するからです。
意思決定に影を落とすバイアス
自分自身では分からないバイアスの存在
バイアスは、生まれながらの乳児は持っていません。生きていくうちに、いろいろな経験をしながら、自分なりの見方や経験則を知らず知らずのうちに作り上げていくのです。
もちろん、何でもかんでも タブラ・ラサ(白紙の状態)で考えることが望ましいわけではありません。過去の経験や知識が当てはまるときには、経験則を用いることで的確な判断が効率的に下せます。
しかし、逆にそうでないときは、自分が身につけている経験が、かえって判断を誤らせることになります。
こうしたバイアスで一番厄介なことは、本人には自分の見方や考え方に、どんなバイアスがかかっているか分からないことです。
こうして考えてみると、経営トップとしては、最初から「自分の判断にはバイアスがかかっている」と思っていた方が賢明です。
組織レベルのバイアスを最小化するのがナンバー2の役割
企業のトップが意思決定する場合には、個人レベルだけではなく、組織レベルで発生するバイアスも考慮に入れておく必要があります。
簡単に言えば、「悪い情報が意思決定者に上がらない」ということです。
この分野についての包括的な理解を得たければ、『なぜ危機に気づけなかったのか-組織を救うリーダーの問題発見能力』(2010年 マイケル・A・ロベルト著 英治出版)を手にすることをお勧めします。
中堅企業レベルでは、優れたナンバー2が存在することで、組織レベルのバイアス問題の多くは回避できます。
家族という最小の組織においても、子供はテストで満点をとった時は鼻高々で親に報告するけれど、学校で悪さをして教師に叱られたような話を自分から進んで話すことはありません。
組織の一員になると、人はどうしてもいい話だけを報告したがる傾向があり、それは企業組織においても例外ではありません。
理由は、自己保身というエゴもあるでしょうし、上司を喜ばしたいとか、無用な心配をさせたくないという気づかいの場合もあるかもしれません。あるいは、最初から大したことはないと、高をくくっていることもあります。
いずれにしても、現場の悪い情報が階層を経るたびにフィルタリングされ、トップに行き着くころには「万事問題なし」という話になっていたりします。
ある病院で、組織コミュニケーションについての改善に取り組み、風通しが良い風土が出来上がったら、医療事故の報告が30倍も増えたという実例があるように、都合の悪い情報は現場レベルでうやむやにされていることが多いのです。
だからと言って、悪い情報を上げない部下に対して「なぜ報告をしないんだ」と怒鳴りまくっても無駄です。問題は解決しないどころか、恐怖政治のもとでは、ますます情報の隠蔽が進むことになります。
一口に「悪い情報」「マイナス・データ」といっても多種多様だし、途切れることなく行われている事業からは毎日のように新たな問題が発生しているため、中堅企業の場合でも、経営トップが苦情係をやるわけにはいきません。
そこで、悪い情報やマイナス・データの仕分けを的確に行い、トップと現場を繋ぎ対処する優れたナンバー2の役割が重要になって来るのです。
まとめ - 優れたナンバーの役割とは
優れたナンバー2の役割とは、対等な立場で経営者が本音で話が出来る存在であり、自らはアイデアマンではなく、経営トップが意思決定するプロセスを整備することにあります。
具体的には次の3つの役割に整理出来ます。
- 意思決定に当たっての「見落とし」や「盲点」を極力潰す。データの精査や適切な思考のフレーム(枠組み)のチェックに留まらず、「トレードオフ」を意識して、トップが意思決定の対象自体を見誤らないようにする。
- 普段から経営者のバイアスを客観的に評価し、トップが導いた結論に対して、あえて批判や反論をする悪魔の代弁者(デビルズ・アドボケイト)の役割を果たす。
- 社長と現場のパイプ役となり悪い情報、耳の痛い意見も率直に具申する役割となります。
ただし、多くの中堅企業では、社員数が少ないことも手伝い、形式的な階層はあったとしても、実質的には社長とそれ以外の役員・社員という構造になっています。
したがって、経営者のバイアスを客観的に評価し、意思決定に必要なニュートラル・ボジションを整えられるようなナンバー2を社内に求めることは難しいのが現実でしょう。
ナンバー2の確保に当たっては、社外ナンバー2のような形も含めて検討することをお勧めします。
参考 - バイアスの具体例
ここで、バイアスのこと細かな説明はできないので、詳細はその分野の専門書を参照していただくとして、一般的に分類されているバイアスの一部には、以下のようなものがあります。
『行動意思決定論-バイアスの罠』(2011年 M.H.ベイザーマン/D.A.ムーア 白桃書房)
身近なデータから判断することが原因するバイアス
思い出しやすさのバイアス
最近起こったことや、より記憶に残っていることが、意思決定を左右しやすい。
パターン化された記憶によるバイアス
パターン化された記憶をしていると、未知のことや違う分野のことに対しても、同じパターンを適用しやすい。
例:田園調布には金持ちばかりが住んでいる。
関係の思い込み
2つのことが何回か同時に起こると、偶然に過ぎなくても、2つの間には関係があると思い込みやすい。
例:何度か偶然に出会った男女が運命を感じる。
代表例に左右されることが原因するバイアス
確率の無視
情報が溢れ、偏った情報にしか接しないことで、基本的な確率のデータを忘れてしまう。
例:情熱溢れる起業家は、必ず成功する。
サンプルサイズの無視
特殊事例(たった1回の出来事=サンプルサイズ1)が、意思決定に大きく影響する。
例:初めて食べた牡蠣が当たったので、二度と食べない。
確率の見誤り(ランダムの過信)
失敗が何回か続くと、次は成功すると思う。
例:ルーレットで偶数に掛け続けて5回外れたら、次は絶対に偶数が来ると思う → 統計的に偶数と奇数がが半々になるためには、1000回以上の試行が必要である。
中間値への帰納
非常に良い結果が出た後はそれより悪い結果になる。反対に非常に悪い結果が出た後はそれより良い結果になることが証明されている。
例1:非常に良い結果が出ると、それが継続すると考える → 一度宝くじに当たると一層熱心に買い続ける。
例2非常に悪い結果が出た人にアドバイスしたところ改善が見られると、アドバイスのおかげだと考える。
連語錯誤
より具体的な記述の方が、一般的な記述よりも確からしいと思いやすい。
例:「今年、日本のどこかで大規模な洪水が起きて1000人の犠牲者が出る確率」と「今年、首都圏で地震が発生し、その影響で洪水が発生して1000人以上の犠牲者が出る確率」を比べると、前者の確率を後者の確率より低く見積もる傾向がある。
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